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プロサッカー選手 鈴木武蔵さん 29

 ジャマイカ人の父と日本人の母を持つサッカー選手の鈴木武蔵さん。子どもの頃は肌の色や髪質が周囲と違うことで、同級生から「ハンバーグ」などと呼ばれ、いじめられました。周りとは違う外見に疎外感や孤独感を抱いていましたが、得意なサッカーが「別の世界」に連れて行ってくれました。同じ境遇で悩む若者に、「今いる『小さな世界』から逃げ出したっていい。好きなものを磨けばいつか見返せる時が絶対にくる」と呼びかけます。

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ベビーパウダーで肌を白く

サッカー選手の鈴木武蔵さん。父はジャマイカ人、母は日本人だ

 6歳の頃、ジャマイカ人の父と日本人の母が別居し、ジャマイカから日本に来て母の地元である群馬で暮らし始めました。

 日本では、街中を歩くと指をさされたり、通りすがりに「黒い」と言われたりして、人の多いところでは母の陰に隠れて歩いていました。

 そして、小3になると、それまで仲がよかった友達の態度も変わってしまいました。ある日の休み時間に教室で、「おーい、ハンバーグ」「フライパン」と呼びかけられたのです。「ふざけるな」と飛びかかり、ケンカになりました。仲裁に入った担任の先生からは「両方が悪い」と言われました。なぜ僕が悪いのか納得できませんでしたが、そのことを話すと余計に自分が傷つく気がしました。反論することをやめ、心を閉ざすようになりました。

「僕は一体、何人なんだろう」。子どものころは常に思い悩んでいた「僕は一体、何人なんだろう」。子どものころは常に思い悩んでいた

 悪口に傷つき、泣きながら帰ったことも度々ありました。母は当時、複数の仕事を掛け持ちして僕と弟を養ってくれていました。そんな母には見られたくない。家の前で涙をぬぐってから玄関を開けていました。肌の色を白くしようと、家でベビーパウダーを体中に塗りたくったりもしました。でも、シャワーを浴びるとすぐに元通り。白く濁って流れる水や、鏡に映る元の自分の姿を見ると、より悲しみが大きくなりました。

 肌の色も髪の毛の天然パーマも大嫌いでしたが、母は「そのままのむっちゃんが大好き」と優しく諭し、愛情を注いでくれました。ただ、周りと違う自分をどうしても好きになれなかった。「僕は一体、何人なんだろう」と常に思い悩んでいました。

いじめ忘れる「別の世界」

 友人に誘われ、小2から始めたサッカーをしているときだけは、そうした悩みとは「別の世界」にいるように感じました。学校でいじめられても孤独を感じても、ピッチでは関係ない。チームメートは見た目を気にせず、ゴールを決める度に駆け寄ってくれました。そのことがとてもうれしく、対戦相手から「あいつ、黒くない?」などと心ない言葉をかけられても、「絶対に負けないぞ」との気持ちをより強くしました。

高2の時、U-16(16歳以下)日本代表に選出された。会場から声援を受けると、自分が日本人として認められた気がした高2の時、U-16(16歳以下)日本代表に選出された。会場から声援を受けると、自分が日本人として認められた気がした

 高2だった2010年、U-16(16歳以下)の日本代表に選出されました。日の丸が入った青い日本代表のユニホームを着て試合をするうちに、「自分は日本人なんだ」とようやく確信が持てるようになりました。対ジャマイカ戦で、相手の国歌が流れた時には何も感じませんでしたが、「君が代」を聴くとピンと背筋が伸びました。そして、会場から大きな声援を受けると、自分が日本人として認められたような気がしました。

 19年には日本代表に初めて選ばれましたが、試合で活躍できないと、SNSなどに「ジャマイカで代表をやれ」「あの見た目で日本代表なんて」と差別的な言葉を書き込まれました。悔しいけれど、言い返しても解決しません。気にせず、放っておくようにしました。

「自分は特別」だと思って

ジャマイカ人と日本人、両方のいいところを備えているのが僕の誇りジャマイカ人と日本人、両方のいいところを備えているのが僕の誇り

 僕は大人になってから、コンプレックスだった髪と肌の色が自慢になりました。サッカー仲間からは「武蔵の色、格好いいよな」と羨ましがられ、妻は「むっちゃんの髪、くるくるでかわいいね」と褒めてくれます。僕のように見た目やアイデンティティーで苦しんでいる子どもには、むしろ自分が特別なのだと思ってほしいです。体格に恵まれて陽気なジャマイカ人と、礼儀正しくて協調性のある日本人のいいところ。両方を備えているのが、僕の誇りでもあります。

 サッカーから恩恵を受け、その恩返しをしようと思い立ち、4年前から、ひとり親家庭の支援や児童養護施設の訪問をサッカー仲間とともに続けています。最近の活動では、コロナ禍で困窮する世帯に食料などの物資を支援しました。複雑な環境で僕より苦しい思いをしている子どもたちに「今」を楽しんでほしくて、サッカー大会も開きました。子どもたちと接すると、逆に元気をもらえます。

 今の僕の目標は、チームで活躍し、日本代表にもう一度戻ることです。再び日本代表でプレーすることができれば、僕と似た境遇の子どもたちをまた勇気づけられると思うのです。

 差別やいじめはする側が、100%悪い。でも、完全になくなることはありません。転校したり、学校を辞めたりして逃げ出したっていい。つらい思いをしているみんなが今いる場所は本当に「小さな世界」です。得意なものを見つけ、ただひたすらに磨いていけば、いつか見返せる時が絶対にやってきます。

 
鈴木武蔵
(すずき・むさし) ジャマイカ生まれ。6歳から日本で生活を始め、桐生第一高(群馬)では全国高校選手権に同校として初出場を果たし、初戦でハットトリックを決めるなど8強進出に貢献。2019年に日本代表に招集された。高校卒業後にアルビレックス新潟、コンサドーレ札幌などを経て、現在はサッカーJ1・ガンバ大阪に所属する。