外を雪が舞う未明の館内。ホールの閲覧席は階段状の書架に囲まれ、本に抱かれているようだ

 外を見ると、昼間の雨は雪に変わっていた。暖冬とはいえ、2月の秋田の夜は寒い。

地下に広がる蔵書 圧倒…開架式での発見 こだわり<早稲田大>

 午前0時を過ぎても学生たちの姿がちらほら見える。国際教養大の図書館は、24時間365日開館している「不夜城」だ。4年生の佐藤希美さん(22)は、ソファの上であぐらをかき、国際機関やNGOで働く邦人の物語をつづった一冊に目を落としていた。

 「この冬は本をたくさん読むことが目標。毎晩、眠くなるまで読んでいます」

 読書が特別に好きだったわけではない。図書館に行くのは、もっぱら試験勉強やリポートを書く時だった。だが昨年秋、1年間の米国留学から戻ると、いつでも、どんなときでも受け入れてくれる図書館の魅力に気が付いた。

 森に囲まれたキャンパスは秋田市街から遠く、暮らしているのはルームメートと一緒の学内にあるアパート。遅くなっても、帰れる場所にある。

 だから図書館は、書斎のようなもの――。本は借りず、館内で読むのが彼女の「マイルール」だ。

半円形の図書館の周りはケヤキや杉の林。自然あふれる景観と調和する半円形の図書館の周りはケヤキや杉の林。自然あふれる景観と調和する

 図書館は、開学5年目の2008年春にオープンした。

 メインのホールは天井高12メートルの半円形の空間だ。円周に沿って書架と閲覧席が階段状に配されている。大黒柱の秋田杉が6本そびえ、てっぺんから和傘の骨のように広がる
梁(はり)
が美しい。大きな窓から日中は陽光が、夜は月明かりが差し込む。

 常時開館にこだわったのは初代学長の故・中嶋嶺雄氏だった。安全の確保や光熱費などのコスト面を懸念した開設母体の秋田県を、「図書館は大学の心臓だ」と説得したという。

 大学に集う人々は国際色豊かだ。キャンパスを歩く学生の4人に1人は留学生たち。「大学と図書館の使命は国や地域、人種や民族の壁を越えた知を育むことだ」と、学修支援室長の須田幸子さん(62)は語る。

漫画の英訳本を集めた書架は留学生に人気漫画の英訳本を集めた書架は留学生に人気

 図書館が入学の決め手になったという台湾からの留学生ウー・シンアイさん(23)は「深夜でも誰かが必ず勉強しています。仲間がいると私も頑張れるんです」と刺激を受けている様子だ。

 真夜中の図書館の利用法は様々だ。時差のある母国の家族とオンラインで話すために訪れる留学生も多い。議論の場として設けられたガラス張りの小部屋は予約制で開放されており、人気となっている。

 3年生の梶原哲司さん(21)は、書架に挟まれるように置かれた一人がけのソファに身を委ね、午前2時になっても哲学の本を読みふけっていた。「あえて蔵書検索はしません。本との偶然の出会いが楽しいから」と教えてくれた。

 4年生の大柏一花さん(23)は深夜利用の常連。午前3時まで持ち込んだノートパソコンに向かっていた。課題の提出締め切り前は、ここで徹夜することも珍しくない。

 友人と口論した時、アルバイト先でミスをして落ち込んだ時も、足が向くのは図書館だ。本に没入し、夢中でリポートを書いていると、いつの間にか冷静になっている。大柏さんは「真冬でも図書館は暖かい。学生への思いやりが伝わってくるんです」と話す。

 午前8時前、2年生の横江ひか里さん(20)が図書館に駆け込んできた。「朝の太陽を感じたいから」と、ケヤキや杉の林を正面に臨む窓際の席で、この日の授業の予習を始めた。

 外に出ると、夜半に降った雪は木陰にうっすら残るだけだった。「今夜は、どんな学生たちが来るのかな」。図書館を振り返って、そう思った。

文・上田詔子

写真・佐々木紀明

<至宝>帝国憲法の英語解説

 英語で書かれた「大日本帝国憲法の解説」。すり切れた表紙に、金で
箔(はく)
押しされた書名が歴史を感じさせる。色あせた中扉に、著者の初代総理大臣・伊藤博文と、それを英訳した伊東巳代治の名が見える。

 明治22年(1889年)2月に発布された帝国憲法。「解説」は、伊藤が注釈を加えて編んだ「憲法義解」の英語版だ。近代憲法を世界に知らしめるため、発布からわずか4か月後に出された初版本は、当時の国際社会における日本の立ち位置を知るのに貴重な一冊だ。

 国際法が専門の教授で図書館長の豊田哲也さん(53)は「135年の移ろいを手に取って感じることは、学びのプロセスとして大切だ」と考え、授業で活用している。

[学長に聞く]ひらめき呼び起こす

 モンテ・カセムさん(76) 大学の図書館は、学術的な思考を発展させる場所です。この美しい図書館では、秋田杉の風合いや太陽の傾きなど自然を感じさせる造りが、五感をも刺激します。理性と感性が出会い、学生にひらめきを呼び起こす空間だと思います。

 52年前にスリランカから来日しました。東京大で都市工学を研究していた時、平日の朝夕に論文を3本ずつ読むと決め、図書館でコピーして色々な分野の論文を読みました。その習慣は今も続いています。図書館を出発点に学生の視野が広く、深くなることを願っています。

■国際教養大

 ■大学概要 秋田県が設立した公立大学。閉校した米ミネソタ州立大秋田校の校舎を活用して2004年に開学した。「グローバル社会のリーダー育成」を目標に掲げる国際教養学部のみの単科大。「全授業を英語で実施」「1年生は全寮制」など型破りな教育が人気を集める。学生数801人。51か国・地域の205大学と提携し、学生には1年間の海外留学を義務付ける。57人の専任教員の半数超が外国人。

 ■図書館 正式名称は「中嶋記念図書館」。約8万5000冊の蔵書の6割超が洋書で、電子書籍は46万冊以上。県内の高校生は登録すれば午前6時~午後10時、その他の学外者も午前8時半~午後10時(土日祝などは午前10時~午後6時)に利用できる。深夜から早朝の利用者は全体の14%を占め、この間は常駐する警備員が巡回。学生は自動貸出機で本が借りられる。

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