辺りが暗くなると、格子柄の建物が浮かび上がる。ガラス窓を通して見える中には、整然と並ぶ書架。西南学院大(福岡市早良区)の図書館は、昼と夜とで印象が、がらりと変わる。
日中は赤レンガをまとった重厚な趣だ。窓がところどころ
開(ひら)
けているが、陽光の反射で陰影を帯び、長い歴史を持つ建造物のようにも見える。それが夜は、照明の光が内から外へと向かい、神々しさをまとう。
「図書館は大学の『心臓』であり『顔』だとの思いから、昼夜で明暗のコントラストが逆転する外観には特にこだわった」。旧図書館長として建設に関わり、2017年の開館を見届けた名誉教授の後藤新治さん(74)は語る。
館内の中央は、1階から6階までを貫く吹き抜けの空間だ。「ブックツリー」と呼ばれている。吹き抜け周りの壁と書架は黒を基調にしつらえられており、洋書を中心に3万冊近くの本が収められている。吹き抜けの中を昇降する階段のガラスの覆いに、色とりどりの背表紙が映り込む。「本の『体内』を旅しているような感覚になる」。後藤さんの説明に、納得した。
たどり着いた6階に、幼稚園教諭を目指す人間科学部3年の木村梨沙さん(20)がいた。ゼミで使う絵本を探しに訪れたという。「ここに来ると、目に入る色々な本を見たいという気持ちになります。知らなかった絵本と出会うこともあるんですよ」と話す木村さんは、どこか楽しげだ。
自由に手に取ることができる開架式の書架にあるのは約54万冊。旧図書館の約33万冊から大幅に増やした。ほかに約67万冊を書庫で所蔵するが、古い本ほど表に出すようにしている。収蔵時にデータベースに登録した情報が少なく、検索が難しいためだ。
書庫から探し出せず、先人の知恵の詰まった一冊に触れる機会を逃してはいけない――。そんな配慮が感じられる。
3階までは、会話や議論をすることに制限はない。1階では、ひとり本や新聞を読んだり、仲間と談笑したりする学生たちの姿が広く取られた窓の外からも見え、若い活気が伝わってくる。
2階には小部屋が設けられており、予約制で自由に利用可能だ。法学部4年の
諫武(いさたけ)
優希さん(21)は模擬裁判の世界大会出場を目指し、この部屋で「作戦」を立てる。「図書館の本で資料も作れます。周りを気にせず話し合いに集中できるここは、ありがたい場所です」
4階から上は雰囲気が変わり、静けさが漂う。窓沿いのカウンター席やテーブル席、仕切りを設けた個室型の席が備えられている。本の世界に没入できる空間だ。
外国語学部3年の
宗日和子(そうひなこ)
さん(20)は、リポート作成時には資料を広げられるテーブル席を、集中して勉強する時は個室型の席に陣取る。「色々な使い方ができ、堂々とひとりの時間を過ごせる」のが、お気に入りの理由だ。
昨年度の入館者数は延べ約53万5000人だった。旧館時代の延べ約38万7000人(2016年度)から大きく増えた。現館長で人間科学部教授の黒木重雄さん(61)は「大学に来て、ここに籠もる学生もいるほど」と笑う。
確かに、日暮れまでの半日だったが、飽きることなく時間が過ぎた。館内を巡る間に、気になる書名の本を何冊も目にし、足が止まった。こんな環境が身近にある学生たちが、少しうらやましくなった。
文・篠原太
写真・佐々木紀明
[至宝]ノアの方舟の立体断面図
ドイツ出身のイエズス会士だったアタナシウス・キルヒャー(1601~80年)が子ども向けに解説した著作「ノアの
方舟(はこぶね)
」の初版(1675年刊行)。神が起こした大洪水で、主人公ノアとその家族、様々なつがいの動物たちが方舟に同乗して助かったという旧約聖書「創世記」に記された物語がまとめられている。
図版が多用され、方舟の立体断面図は幾重にも折り畳んで収録されている。聖書の記述に忠実に従い、方舟に乗る動物たちの姿が、はっきりと見える。
図書情報課長の高野晋治さん(46)は「図面は、350年前に描かれたとは思えないほど
緻密(ちみつ)
。『創世記』を知らない人でも、きっと引き込まれることでしょう」と話す。
[学長に聞く]様々な学び 「自分」形成
今井
尚生(なおき)
さん(62) 学生が学び合い、成長する場が図書館です。「滞在型」となるよう工夫しており、私も学内報や学会用の原稿を、ここで書くことがあります。
若者が関わりを持つ相手は同世代が多い。だから図書館で本に触れ、時代や国、年代を超えた様々な考えを学んでほしいのです。様々な思想や人格と
対峙(たいじ)
しながら「自分」を形成していくことが、何より重要だと思っています。
図書館には、知恵という人類の宝が詰まっています。そのことを意識して、積極的に利活用してほしいですね。
■西南学院大
■大学概要 1916年(大正5年)、米国人宣教師のC・K・ドージャーが福岡市に創立した旧制男子中学校「私立西南学院」が源流。大学は戦後の49年に開学した。現在は神学と外国語、商、経済、法、人間科学、国際文化の7学部で計約8000人が学ぶ。「キリスト教学」など独自の教育プログラムが特徴。卒業生には、いずれも直木賞作家の葉室麟さん(2017年死去)や東山彰良さん(55)がいる。
■図書館 学校法人の創立100年を記念して新築開館した。7階建て、延べ床面積は1万1715平方メートルで、1179の閲覧席を備える。館内には、国連の刊行資料を一般に公開する国連寄託図書館もある。漫画家の長谷川町子さん(1992年死去)が近くの海岸で「サザエさん」を発案したとのエピソードから、図書館前の道は「サザエさん通り」と呼ばれる。2019年に日本図書館協会建築賞を受賞。