小中高校にあって当たり前と思いがちな宿題。忘れて先生に怒られるシーンは漫画でよく描かれ、子ども時分の私たちの笑いを誘い、時に戒めともなりました。ですが最近は、「自主性が身に付かない」との理由で、やめる学校も増えてきています。宿題は、どうあるべきでしょうか。
[A論]あれば平等に勉強 塾行けない子もいる
栃木県の青木智子さん(42)には、幼稚園と小学校に通う3人の息子がいます。小学生の兄弟は帰宅後、リビングでそろって宿題をするのが日課です。「近くに塾はありません。宿題がなくなったら家で何を、どれくらい学ばせればいいのか、わからなくなってしまいます」と話します。
先月、4年生になったばかりの長男が持って帰ってきたのは、3年生で習った割り算の復習プリント。青木さんの目には簡単な問題と映りましたが、割り切れずに出てくる「余り」の処理が難しかったようで、間違いもありました。青木さんは「先生が学習の進度に合った課題を選んでくれているのだなと感じました」と、宿題に肯定的です。
学校のカリキュラムを定めた小学校向けの「学習指導要領」には、「家庭との連携を図りながら、児童の学習習慣が確立するよう配慮する」という記載はありますが、「宿題」という言葉はありません。中学校向けでも同様です。宿題を出す出さないは、実は学校の判断に委ねられています。
宿題を巡っては、四国の議会で議論になったこともあります。昨年8月、高松市議会に「宿題の原則廃止」を求める陳情が提出されました。「学校は子どもに宿題を半強制的に課している」との主張でしたが、賛成は市議40人中1人にとどまり、不採択となりました。市教育委員会は「学習習慣を作る」といった面で宿題は有効だとしています。
当の子どもたちは、どう受け止めているのでしょう。児童の居場所として放課後に教室を開放している埼玉県新座市の小学校で話を聞きました。「面倒くさいけど、将来の役に立つ。算数の問題がすらすら解けるようになった時はうれしかった」「宿題がないとユーチューブを見たり、ゲームをしたりしてしまう」。5年生の男児2人からは、そんな声が聞こえてきました。
教員たちの多くも宿題を支持します。ベネッセ教育総合研究所(東京)の2023年調査では、毎日宿題を出す小学校教員の割合は94・6%でした。横浜市を経て、現在は名古屋の市立小学校に勤める教諭の筒井諒さん(29)は「子どもに学習内容を定着させるには、何回も反復させることが大事。家庭でその機会を作る宿題の役割は大きい」と語ります。
筒井さんは、学校以外に塾や通信教育で勉強させる家庭もあれば、その余裕や環境にない家庭もある現実を見てきました。だからこそ、「宿題は、全員に平等に勉強させることができます。生きていくのに不可欠な学力を下支えする面もあるのです」と強調します。
[B論]やめて自主性養う 興味・関心掘り下げ
東京都庁そばの新宿区立西新宿小学校は、全学年で毎日の宿題を「原則なし」としました。
昨年春からのことで、夏休みの風物詩といえる読書感想文や自由研究なども一律には求めていません。校長の長井満敏さん(59)は「児童それぞれの学習の進み度合いを踏まえず、単に計算ドリルや漢字練習を一律に課すことに疑問を感じていました。児童自身が『自分に必要なことだ』と思えない宿題では、効果は得られません」と言い切ります。
宿題はないですが、西新宿小では「自学ノート」という取り組みを行っています。児童が自分でテーマを考えて調べたことをまとめ、先生に見せるのです。4年生を教える主任教諭の高田智也さん(43)は「社会の授業をきっかけに中東情勢に興味を持ち、新聞記事を切り抜いて感想を書いた児童がいました。宿題はなくても、積極的に取り組む子どもは多いと感じます」と手応えを口にします。
こうした学校はいま、各地で増えています。長崎市立長崎中学校は2022年度から一律の宿題をやめ、生徒本人が決めた内容で家庭学習に取り組んでいます。山形県新庄市や岐阜市でも自主学習に転換する動きがあります。
西新宿小に5年生の長女を通わせる安藤瞳さん(40)は、宿題がないことを好意的に受け止めています。長女は帰宅するとすぐ、「友だちと遊んで来るね」と家を飛び出す毎日ですが、「中学校に入れば部活動があり、大人になれば仕事がある。自由に遊べる時間は貴重」と見守ってきました。
そんな長女が先月、「長い国名」ランキングをつくり、自学ノートにまとめて先生に提出しました。安藤さんは「宿題がないことが、興味を持ったことを掘り下げたり、遊びの中にも勉強の芽があることに気づいたりする良いきっかけにもなっています」と話します。
過去にも「宿題廃止」の議論はありました。1960年代には教科書やノートを学校に置いて帰る「ランドセル通学廃止」が話題となり、宿題もなくす学校が出てきたのです。
現在の宿題を見直す動きは、長時間勤務にあえぐ教員の負担軽減につながるという期待感もあります。クラスを中心に大人数を指導する教員にとって、宿題の確認や評価は負担の一つにもなっているからです。
文部科学省は「働き方改革事例集」の中で、宿題の見直しを挙げています。自主的な家庭学習の取り組みを中心にすることで、教員の勤務時間は「1日20分」「年66・7時間」削減されるとしています。
日本 毎日出す傾向
国際調査の結果を見ると、日本は宿題を出す頻度が高い国・地域の一つです。
国際教育到達度評価学会(IEA)は世界の児童生徒の算数・数学と理科の学力を測る調査「
TIMSS(ティムズ)
」で、アンケートも行っています。2019年に「算数の宿題を出す頻度」を調べたところ、日本は小学4年生の約6割にあたる58・7%に「毎日」出ていたことが、担当する教員へのアンケートから分かりました。「出さない」クラスの児童は1割未満(7・1%)と少数派でした。
58か国・地域を対象としたこの調査で、宿題が「毎日」出ている割合が最も高かったのは香港の92・6%。一方、「出さない」は、先進7か国(G7)ではフランスが35・4%で目立っています。
国内では、東京大学社会科学研究所とベネッセ教育総合研究所が、宿題の経年変化を共同で調べています。1日平均の「宿題にかける時間」は、最新の23年調査で小学生が1~3年27・7分、4~6年35・7分でした。中学生44・6分、高校生45・3分で、どの学年でも減少しています。
日本での宿題の始まりは近代的な学校の整備が進んだ明治時代の1900年代初頭とされます。元小学校教員で教育評論家の宮崎麻世さんは「音読や漢字、計算ドリルといった宿題は、日本の学校教育の慣習として根付いてきました。子どもに必要とされる学力が変わる中、宿題のあり方も問い直す時期に来ているのではないでしょうか」と指摘します。(教育部 古郡天、杉木雄斗、伊藤甲治郎)
[情報的健康キーワード]情報ドック
日常的に触れるデジタル空間の情報が偏り、「不健康」になっていないか。人間ドックのように情報への接し方を診断する「情報ドック」の必要性が指摘されています。
例えば、自分のSNSアカウントに表示される投稿やフォローしている利用者を調べる。その状況を分析すれば、興味のある情報だけに覆われる「フィルターバブル」や、同じ意見の人たちに囲まれる「エコーチェンバー」が起きていないかデータで示すことができそうです。
ネット上の仮想空間で、自分の分身である「アバター」を作り、刺激的な情報ばかりを得ているとアバターが太ったり、偏った情報に触れ続けると病床に伏せてしまったりするなど、わかりやすく表現するプログラムも考えられています。こうした取り組みは強制されるものではなく、自分の意思で自身の「情報的健康」を確認できるようにすることが大事だと言われています。