本がぎっしり詰まった書架の間を巡って目当ての一冊を探したり、机に向かって課題のリポートを書いたり。見上げた先では、新入生が緊張した面持ちで講義を受けている。

昼と夜 変わる「顔」…古い本ほど書庫より開架<西南学院大>

吹き抜けの空間からは、真剣な表情で「学び」に取り組む学生たちの姿が見える

 日本女子大(東京都文京区)の図書館に、敷居や壁はほとんどない。3階の吹き抜けに立つと、様々に時を送る学生たちの表情までが見える。

 「ワンルームのように一体的な空間を演出したのが、この建物の特徴」。卒業生で、設計を手がけた建築家の
妹島(せじま)
和世さん(67)は、そう明かす。急斜面という立地環境を生かし、らせん状に配したスロープで館内を回遊できるようにしたことも、空間の「隔たり」を感じさせない工夫だ。

 「洗練されたデザインで、本に囲まれたすてきな空間。これから積極的に使っていきたいと思います」。文学部1年の多比良奈佑さん(18)は、声を弾ませた。

館内には、設計者の妹島さんがデザインに関わったかわいらしい椅子も館内には、設計者の妹島さんがデザインに関わったかわいらしい椅子も

 妹島さんは「図書館は、学生一人ひとりが考え、学ぶ場所。でも同時に、その空間はみんなで作りあげている。そのことが感じられるようにしたかった」と語る。

 蔵書約90万冊は、女子大では最大規模だ。そのすべてを、直接手に取ることができる開架式の収蔵としている。東京都心にあり決して広くはない館内の、本の「密度」は高い。

都心の一角にある図書館。夕暮れ時、照明の温かい光が外に漏れる都心の一角にある図書館。夕暮れ時、照明の温かい光が外に漏れる

 色とりどりの背表紙を眺めながら歩いていると、理系の本が多いことに気が付く。私立の女子大では唯一の理学部や、建築デザイン学部を擁していることが、その理由だ。

 文学部教授で図書館長の坂本清恵さん(65)は「全開架は旧図書館からの一貫した方針で、学生たちに主体的に学んでもらうのが狙い。色々な本に触れ、想像力を膨らませてほしい」と期待する。

 未知の本と出会う仕掛けは、ほかにもある。

 メインフロアの3階から上下階へは、スロープとエレベーター、それに5か所に設けられた階段を使う計7通りの行き方がある。どの階段を使うかで目の前に現れる書架が異なり、いつも新鮮な目で本と向き合うことができる。

 文学部3年の遠藤なゆさん(20)は、リポート作成に行き詰まると、気分転換に館内を散策する。「自分の研究分野とは違う本でも、表紙やタイトルが気になったら手に取るようにしています。そういう本から新たな知識や発想を得ることも多い」と笑う。

 2階には、大勢で議論しながら学べるスペース「ラーニング・コモンズさくら」がある。その一角には、大学院生らが「サポーター」となって、学部生の勉強や進路の相談に応じるコーナーが設けられている。

 大学院文学研究科で学ぶサポーターの近藤史織さん(26)は「正解を教えるのではなく、いくつかの選択肢を示して一緒に考えるのが役割だと思っています。悩んでいる彼女たちの背中を押してあげたい」と考え、後輩に接しているという。

 杉本まゆ子さん(57)は、この大学の卒業生だ。宮内庁書陵部で、明治以前の資料調査を担当している。国文学や建築、美術に関する文献収集のため、年に何度か母校の図書館を訪れる。

キャンパスを歩く学生たち。図書館は目白通りの向こうに立っているキャンパスを歩く学生たち。図書館は目白通りの向こうに立っている

 卒業生は本や資料の閲覧だけでなく、借りることもできる。「歴史のある大学なので貴重な本も多い。今も自由に使えるのは、本当にありがたいのです」

 現役学生だけでなく卒業生たちも集う図書館は、この学校を学びやとする女性たちの「一体感」に満ちている。

文・武石将弘

写真・佐々木紀明

<至宝>女性解放 先駆者の代表作

 英国の社会思想家メアリ・ウルストンクラフト(1759~97年)は、女性解放運動の先駆者。まだ「フェミニズム」という言葉や概念が浸透していなかった18世紀後半に、男女同権や教育の機会均等、女性の経済的独立を主張した。代表作「女性の権利の擁護」(1792年)は仏語や独語にも訳され、大きな反響を呼んだ。

 彼女の全著作・翻訳書12点のうち、代表作をはじめ11点を初版、1点を復刻版で所蔵。貴重書室では、ほかに書簡集など計40冊が収められている。図書館事務部長の浜口都紀さん(61)は「メアリの著作や翻訳本がここまでそろっている図書館は、まれ。女性史や近代フェミニズムを学ぶ上で、非常に貴重な資料だ」と話す。

[学長に聞く]偶然の出会い 視野広げる

 篠原聡子さん(65) 私もこの大学の卒業生で、建築を学びました。新しい図書館には、みんなで議論できる場所もあれば、一人で静かに過ごせる場所もあります。明るい所、暗い所、吹き抜けの開放的な空間もあれば狭いカウンターもある。きっと、お気に入りの「居場所」を見つけることができるでしょう。

 学生には「街歩き」の感覚で図書館を利用してほしい。目的の本を探す途中で見つけた面白そうな一冊、隣に並んでいた一冊を、ぜひ手に取ってみてください。ネット検索では味わえない偶然の出会いが、興味や視野を広げてくれます。そんな経験を重ねてほしいと願っています。

■日本女子大

■大学概要 女子の高等教育機関として1901年(明治34年)に開学した。創立者は、女子教育に尽力した成瀬仁蔵。創立委員会のトップには大隈重信が就き、第3代校長を渋沢栄一が務めた。六つの学部があり、来春には食科学部(仮称)を開設予定。学生数は学部、大学院を合わせ約6500人。「自らの人格を高め、使命を見いだして前進する」という教育理念の下、社会で活躍できる女性人材の育成を目指している。

■図書館 創立120周年の記念事業で2019年に開館。地上4階、地下1階建てで、延べ床面積は約6600平方メートル。650の閲覧席がある。4階の一角には、第6代学長の上代タノが寄贈した平和に関する書籍を集めた文庫があり、現在も拡充している。文京区在住の女性(18歳以上の社会人)は無料で利用可。開館時間は午前8時45分~午後9時(土曜は午後6時まで)、日曜・祝日は休館。

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