アーチ形の天井にはめ込まれたステンドグラスから、広々とした部屋の中に陽光が注ぐ。3方向に設けられた窓の外で、新緑の木々が風に揺れていた。

みんなで作る一体的空間 蔵書全開架 本の「密度」高く<日本女子大>

ステンドグラスから柔らかな光が差し込む大閲覧室。真剣な表情で机に向かう学生たちの姿は、いつの時代も変わらない

 港町・神戸を一望する六甲山の中腹。神戸大の六甲台キャンパス(神戸市灘区)にある社会科学系図書館は、1933年に建てられた国の登録有形文化財だ。

書庫の中。真ちゅうでできた柵や階段の手すりが、歴史の重みを感じさせる書庫の中。真ちゅうでできた柵や階段の手すりが、歴史の重みを感じさせる淡い黄色のタイルが外壁を覆う建物は、新緑によく映える淡い黄色のタイルが外壁を覆う建物は、新緑によく映える

 図書館を象徴する大閲覧室には、向かい合って8人が座れる木製の大型机が20台並ぶ。開館当初から使われているという。歴史を感じさせる重厚な趣に、思わず背筋が伸びる。しんとした空気の中で机に向かっていた法学部3年の谷山愛さん(21)は「初めて入った時は感動しました。一人で集中したい時に利用しています」と話す。

 神戸大は、明治後期創立の神戸高等商業学校が源流だ。開港で盛んになった貿易を担う人材の育成が目的だった。その伝統を、現在の経済、経営、法学部が引き継ぐ。

 開校時は六甲の麓にあったが、昭和初期に大学に昇格し、現在の地へと移った。大学文書史料室の
野邑(のむら)
理栄子さん(52)は「移転理由の一つに、図書館を充実させることもあったようだ」と解説する。

 外観はレトロな雰囲気のタイル張り。館内に入ると、吹き抜けの空間にかかる階段上の壁画が目を引く。神戸高商OBの洋画家・中山
正實(まさみ)
(1898~1979年)が手がけた。後輩たちに向け、「希望」や「学究」「
謳歌(おうか)
」など、「大学の理想」を表した11のテーマを描いたと伝わる。

 図書館は戦中戦後、幾度となく危機に直面した。空襲被害が拡大した45年には、18世紀の英経済学者アダム・スミスが著した「国富論」の初版本といった希書を守るため、兵庫県内の農村に3度にわたって蔵書を運び出した。日本で最初の“図書館疎開”とされる。戦後は、大学の多くの施設が進駐軍に接収されたが、本館と図書館だけは大学が堅持した。

 守り抜かれた資料群は、3棟の書庫に収められている。一角で鈍く光る真ちゅう製の柵や階段の手すり、板張りの床が、建設当時をしのばせる。

 現在の一般的な分類法とは異なり、書庫の資料が所蔵順に並んでいるのも、この図書館の伝統。例えば世界経済史の分野なら、古くは英国の関連資料が多く、米国、欧州、そして日本へと変遷する。

 「背表紙を眺めるだけで、時代ごとに何が重要とされてきたのか、流れがわかる」。ゼミ学生の「図書館ツアー」を毎年率いる経済学部教授の橋野知子さん(56)は語る。

 今年5月に参加した経済学部3年の遠藤力人さん(21)は「書庫の資料をじっくり見たのは初めて」だったという。「改めて、大学の歴史を感じました」

 図書館に刻まれた歴史で、忘れてはならない出来事の一つが、1995年1月17日の阪神・淡路大震災だ。戦後初めて都市部を襲ったマグニチュード7・3の直下型地震。神戸の街は甚大な被害に見舞われた。

 それから約9か月後。図書館に新しい役割が加わった。災禍と復興に関する資料を集めた「震災文庫」ができた。手書きの救出作業報告書や炊き出しリストが、あの時の市民の動きを生々しく伝える。担当専門職員の守本瞬さん(54)は「歴史として、大切に保管していかなければ」と表情を引き締める。

 神戸の歴史と歩みを一つにしてきた図書館は、これからも静かに街を見守り続ける。

文・内田郁恵

写真・佐々木紀明

「知の館 大学図書館を巡る」(神戸大学)、エトキ別送り、至宝(21日、神戸市灘区で)=佐々木紀明撮影「知の館 大学図書館を巡る」(神戸大学)、エトキ別送り、至宝(21日、神戸市灘区で)=佐々木紀明撮影

<至宝>「神戸開港文書」1300点

 1868年の開港で外国人居留地などが整備された神戸には、国内外から人やものが集まるようになった。行政や民間で多くの文書が作られ、神戸大は所蔵する約1300点を「神戸開港
文書(もんじょ)
」として電子化し、付属図書館のウェブサイトで公開している。

 居留地の土地・建物を貸与する約定書には、後の首相で初代兵庫県知事・伊藤博文(当時は俊介)の署名が見える。三菱グループの祖・岩崎弥太郎が蒸気船の購入を県に届け出た文書や、住民と外国人との間で起きたトラブルに関する英文の要望書も、目を引く。

 学術研究員の山本康司さん(38)は「神戸が、先人の努力で発展してきたことを示す貴重な記録だ」と話す。

[学長に聞く]人と知の交流の場に…藤沢正人さん 64

 図書館の役割は、私が医学部生だった頃とは変わったと感じます。

 今は最新の海外学術誌がインターネットで見られ、情報収集のために図書館に行かなくてもよくなりました。一方で、図書館が持つ「人と知の交流の場」としての意味合いは大きくなっています。

 技術革新には、時代を把握することが重要です。専門外の知識からアイデアを得られることもある。図書館に集まる人々との議論や所蔵資料は、大いに役立つでしょう。

 学生や研究者は、この場を活用して、学びを深めてもらいたいと思います。

■神戸大

 ■大学概要 1902年(明治35年)、国内2校目の高等商業学校として設置された神戸高等商業学校が起点。29年(昭和4年)、神戸商業大に昇格し、49年(同24年)には神戸工業専門学校や兵庫師範学校などと一つになった神戸大に。2003年には神戸商船大とも統合した。現在は神戸市内の4キャンパスで、10学部計約1万1400人が学ぶ。「学理と実際の調和」を建学の理念とし、新たな価値を創造して社会に定着できる人材の育成を目指す。

 ■図書館 学内で最も古い社会科学系図書館をはじめ、各学部・研究科の領域に対応する専門図書館と総合図書館の計9館がある。蔵書数は計約378万冊。開架図書は学外者も閲覧可能で、総合・国際文化学図書館(六甲台キャンパス)と海事科学分館(深江キャンパス)では、一般向けの貸し出しも行っている。

■図書館の写真特集は
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