義務教育で集められる子供の個人データが、民間事業者に取得され、海外の企業に委託されたり、一般向けアプリの機能改善に利用されたりしている一端が明らかになった。小中学生に1人1台配備された学習用端末にアプリを提供するリクルートは、法令を順守しているとするが、自治体から詳しい説明を受けていない保護者からは不安の声が上がっている。
「拒否できない」
「子供のどんなデータがどこでどう使われ、誰に見られているのか分からず気持ちが悪い。学校はきちんと説明してほしい」。岐阜市立の小学校に娘(11)が通う母親(43)はそう話す。
岐阜市では2022年6月から、市立の小中学校全69校で同社の学習アプリ「スタディサプリ」を端末に導入。約2万9000人の小中学生が学校での授業などで活用している。
2年ほど前、娘が同アプリの利用を知らせる書面を学校からもらってきた。保護者に宛てられたリクルート名の文書では「個人情報は同アプリによる学習補助以外には使わない」とされ、QRコードにアクセスして、個人情報の利用や管理方法を定めた同社のプライバシーポリシーに同意するよう求めていた。
「もし拒否したら、うちの子だけ授業が受けられなくなるかもしれない」と考えて同意したという母親。「子供の情報は学校で管理されると思っていた。まさか企業が管理して海外に出されているなんて……」と驚く。
市内の中学校に息子(13)を通わせる母親(50)も「子供の情報は学校で勉強するためのもので、そのためだけに使ってほしい」と訴える。
岐阜市は「児童生徒の学習データはリクルートで取得するが、学習補助のみを利用目的とし、海外委託も個人情報保護法に沿った運用であることをリクルートに確認している」と回答。一方で、「保護者が不安に感じることがあれば、丁寧な説明をしたい」とした。
読売新聞の取材では、同アプリを今年度導入している自治体は、岐阜市のほか、東京都千代田区や福島県郡山市など少なくとも14自治体ある。
国名明かさず
個人情報保護法は、個人情報を海外に委託する場合、企業などに対し、その国や地域の個人情報保護に関する制度などを把握して、本人の求めに応じて回答できるよう対応を求めている。
リクルートは取材に、アプリを通じて得た子供のデータを委託する可能性がある海外として、オランダや米国、イスラエル、チリ、香港など計13か国・地域を挙げる。法令を順守し、各国・地域の保護制度を確認して適切に管理しているとするが、具体的にどのデータをどこの国・地域の企業に委託しているかは「明らかにできない」としている。
同社は「利用者から委託先の開示を求められた場合は、速やかに答えられるようにしている」と回答。保護者の不安の声については「不安を軽減していくためにどうあるべきかを検討していきたい」とした。
厳密に管理する自治体も
一方、読売新聞が政府のGIGAスクール構想の下でアプリを提供している事業者を取材したところ、少なくとも7事業者は、子供の個人情報を直接取得していないと回答した。
自治体の中には、端末で集めた個人情報を厳密に管理しているところもある。
約4万5000人の小中学生がいる東京都江戸川区は、端末にアプリを提供する事業者に対して、契約で再委託を禁じた上で、個人が特定されない形で情報を委託している。担当者は「端末で取得したデータは当然ながら区のもので、管理主体も区になる。保護者に、民間事業者のプライバシーポリシーに同意してもらうことはない」と話す。
個人情報の保護に詳しい板倉陽一郎弁護士の話
「利用者にとって、事実上拒否する余地がない中で個人情報を取得するのは不適正だ。海外での情報の保管は日本の法令が適用されない場合があり、行政機関の就学情報などは国内で取り扱うことが原則だ。学習端末から収集する情報は行政機関のデータそのもので、無制限に海外に委託することが許されるとは考えられず、必要性も説明されていない。自治体とリクルートは情報の取り扱いを全面的に見直すべきだ」
中嶋哲彦・名古屋大名誉教授(教育行政学)の話
「GIGAスクール構想は、コロナ禍で端末の配備が最優先され、個人情報保護について議論が尽くされず、準備不足のまま進められた面は否めない。個人が特定される形で、テストの正答率など子供の能力がわかる情報の取得・管理を民間事業者に認め、不適切に扱われれば、将来にわたって子供の人権が侵害される可能性がある。国は、自治体や学校任せにせず、責任を持って望ましい契約形態を示すなど対策を講じるべきだ」