夏の学校といえば、水泳授業を思い出す。日本の小学校は9割に屋外プールがあるほど水泳に熱心だが、外国ではプールのある学校自体が珍しい。なぜ授業で水泳を学び、学校プールが普及したのか。調べてみた。
公立小学校での設置率9割
文部科学省の調査によると、公立小学校の屋外プール設置率は、2018年度に94%に達した。水泳教育に詳しい鳴門教育大・松井敦典教授(64)は「オランダやドイツも水泳授業はあるが、公営プールで行う。国際学会で日本の公立校の多くにプールがあると話すと驚かれる」と語る。
高校生ら約300人が犠牲となった14年の「セウォル号」沈没事故後、水泳の授業に力を入れる韓国でも、小学校のプール設置率は2%という。
学校で水泳を習う日本独自の教育は、武士が命を守るために学ぶ武芸の一つだった伝統が背景にある。
日本は海に囲まれ川も多く、戦で敗走する際は乗馬と共に水泳の技法が命運を分けるとされた。「波を立てない」「刀を持ちながら」などの特色がある古式泳法が、日本水泳連盟が認めるものだけでも各地に13流派残る。日本最古のプールも約200年前の江戸時代に、会津藩や長州藩が藩校の一角に設けた「水練場」とされる。
水泳の歴史に詳しい国際武道大学の土居陽治郎教授(64)によると、水泳授業が広まったきっかけも、子どもの命を守るためだった。1955年に高松市沖で修学旅行中の小中学生が乗った連絡船「紫雲丸」が沈没し、168人が犠牲になる水難事故が起きると、子どもたちが学校で水泳を学ぶためには、プールが必要との声が高まったという。
オリンピックきっかけに建設ラッシュ
学校プールの建設ラッシュは60~70年代に全国で一斉に起きた。きっかけは64年の東京五輪開催と競泳人気の高まりだった。開催に向けて61年に制定されたスポーツ振興法により、建設に国の補助金が出るようになった。68年に改定された学習指導要領で、「すもう」などと並ぶ「その他」の運動だった水泳が、跳び箱などの器械運動や陸上競技と並ぶ主要な運動に“格上げ”された影響も大きかった。
学校プールにはスタート台が付設され、授業ではクロールや平泳ぎなどの泳法の練習に多くの時間が割かれている。一方で、溺れた時に備える着衣水泳は年1回程度にとどまるのが現状だ。土居教授は「命を守るためなのか、スポーツとして学ぶのか。水泳授業の使命は曖昧になっている」と指摘する。
50年以上経過し、民間利用へ移行
全国に広まった学校プールは現在、急減している。建設から50年以上が経過し、建て替えや修繕が必要だが、億単位の費用がかかるため、廃止される学校が相次いでいるからだ。
2021年度の公立小学校の屋外プールの設置率は87%と、わずか3年で7ポイント減った。文科省の22年度調査では、小学校の約1割は水泳授業を学外で行っていた。
水道代や、清掃や水質管理をする教員の負担が重いこと、小学校教員が水泳指導の専門性を担保することが難しいことなども課題とされ、授業は公営プールや民間のスイミングクラブを利用する動きが広がっている。今年度も、京都市、鹿児島市、東京都福生市などが水泳授業の民間委託を試行的に開始した。
小中学校の学習指導要領で水泳は必修だが、実は、水泳場が確保できない場合は、実技を扱わなくてもよいとされている。プールがない学校がさらに増えると見込まれる中、水泳授業は何を目的とするのか。学外で実技を扱う場合、児童・生徒の安全はどう確保するのか。改めて水泳授業のあり方を見直す時期にきている。