そのたたずまいは、まるで巨大なランタンだ。
日本工業大(埼玉県宮代町)の図書館「LCセンター」は、最上階の9階に向かってガラスの外壁が緩やかに傾斜し、その姿が美しい。夕暮れ時、内から柔らかな光が漏れ、外からは館内の書架がぼうっと浮かんで見える。
小高い丘の上にたたずむLCセンター。暗くなると、辺りは幻想的な雰囲気に包まれる
「シンボリックな外観、そして館内を巡る楽しさを追求した」。センターを設計した建築学部教授の小川次郎さん(58)が教えてくれた。
館内のどこかに、ひとり一人が「心地の良い」居場所を見つけられるよう構想した。各階で書架の配置を変え、一部の天井や床を斜めにして狭く、薄暗い空間を設けた。反対に、5階には6階まで吹き抜けのテラスを配し、開放的な時間を過ごせるようにした。
小川さんは語る。「建築を支えるのは、どんなものを作りたいのかという思想だ。学生たちには、図版や写真はもちろん、建築家たちの思いを言葉にした多くの本を、ここで読んでほしい」
自然の光がふんだんに注ぐ館内。建物自体が学生にとっては「教材」だ
建築を専攻する学生たちにとってセンターは、建物そのものが「教材」となっている。
もっと快適な読書空間を生み出すには、どうしたらいいのか――。7月中旬、こんな課題を与えられた3年生が、館内を回っていた。
西田智陽さん(20)は、普段からセンターに通う。各階の中心にあるエレベーターの周りだけでも色々な本が目に留まり、気が向くまま手に取っている。「もともと自分の頭になかった発想のヒントを、偶然見つけた本から得られることもあるんです」。ゆっくり読みたいと思ったら天井が低く照明を抑えた場所、課題に取り組む時は広くて明るい閲覧席を選ぶ。
西田さんが課題の答えとして着目したのは、テラスだった。5階と6階の間に大きなハンモックを設け、「空間のあいまいな境界」を生み出すことを提案した。近くもなく、遠くもない適度な距離感が、読書に集中させると考えた。「リラックスして本を読む環境がイメージできたんです」と笑う。
2007年に開館したセンターは、学生たちが構想段階から関わり、今も昔も思い入れを抱く場所だ。当時大学院生だった小林靖さん(43)は学内に寝袋を持ち込んでアイデアを練ったり、それを形にしたミニチュア模型を作ったりした。今は東京都内で設計事務所を経営し、非常勤講師として母校の教壇にも立つ。
小林さんは「コストや時間の制約がある中、諦めずに考え抜いた経験が、今の自分の礎になっています」と話す。
センターには、随所に建築のプロの工夫が施されている。
正面側のガラス壁は2層構造。内と外の間は約1メートルあり、この空間を通して熱を帯びた空気を外に出し、室温の上昇を抑えている。炎天下、高温となるガラスにはミストが吹き付けるよう配管を巡らせた。蒸発時に熱を奪う「打ち水」と同じ原理で、表面を冷やす。
ガラス張りとしたことで維持と管理に手間がかかりそうな建物は、こうした「知恵」で成り立っている。建築学部教授で環境共生デザインが専門の樋口佳樹さん(48)は「換気や冷暖房といった設備を多用すれば快適な空間は実現できる。でも、エネルギー消費が増え、『地球に優しい建物』とは言えない。建物の工夫で補えない部分に限って設備に頼るのが、本来あるべき設計の形だ」と強調する。
現代技術の粋を生かした「図書館」は、見所がいっぱいだ。
文・渡辺光彦
写真・佐々木紀明
<至宝>都市計画の先駆
フランスの建築家トニー・ガルニエ(1869~1948年)による図面集「工業都市 都市建設のための研究」。所蔵するのは1932年刊行の第2版で、ガルニエの思い描く「理想都市」が164枚の図面に表されている。LCセンター長で建築学部教授の黒津高行さん(69)は「その後の都市計画に影響を与えた先駆的な仕事」と語る。
ガルニエは、地区を用途別に分けるゾーニングを着想した。図面では市街地、工場、保健衛生の三つの機能で分離。建物を、それまでの石やレンガ造から鉄筋コンクリート造に置き換え、都市の可能性を広げた。
上空からの視点で描かれた図面は写真のように
精緻(せいち)
。黒津さんは「学ぶ意欲が刺激される」と話す。
[学長に聞く]専門書以外にも興味を…竹内貞雄さん 68
私がこの大学で学んでいた時に通っていたのは、建て替え前の旧図書館でした。専攻していた機械工学の専門書だけでなく、趣味の登山にまつわる紀行やエッセーなどの「山岳文学」と呼ばれる本を読みあさりました。読書による疑似体験のおかげで、山で命拾いしたこともありました。
今の学生も、リポートなどの課題に取り組むため、図書館に足を運ぶことが多いと思います。その時は、ぜひ専門書以外にも手を伸ばしてみてください。好奇心があれば、知識は深まります。社会人生活の基盤となる読書体験を、ここで重ねていってほしいと願っています。
■日本工業大
■大学概要 工業高校出身者の進学先となることを目指し、1967年に開学した。ルーツは1907年(明治40年)に設立認可を受け、改称を経て43年に生徒募集を停止した東京工科学校。実習や実験を通じて理論を知る「実工学」を教育理念に掲げる。基幹工学と先進工学、建築の3学部があり、大学院生を含む学生数は約3850人。キャンパス内にある工業技術博物館では、明治以降に使われた旋盤や昭和初期のプレス機など、近代日本の産業を支えた400点以上の機械類が展示されている。
■図書館 LCセンターの「LC」は「Library and Communication」の略。東京工科学校の設立認可から100年を記念して造られた。蔵書は約21万冊で、483の閲覧席がある。18歳以上で、宮代町と周辺4市町の住民、在勤者も利用可。開館は日曜・祝日を除く原則午前9時~午後8時半。