雪が舞う港町。はるかに津軽海峡を望む吹きさらしの丘に、打ちっ放しのコンクリートとガラスでできた巨大な「箱」が鎮座していた。壁には「FUTURE UNIVERSITY」の白い文字。公立はこだて未来大(北海道函館市)のキャンパス機能は、全てがこの箱に詰まっている。
傾斜を利用して立つ箱形の校舎は5階建て。3階に位置する正面玄関から中に入ると、そこは反対側まで貫く廊下になっている。1階の南側は、5階までの壁一面がガラス張りの吹き抜け空間が広がる。「建築界のノーベル賞」とも言われる米国のプリツカー建築賞を昨年受賞した山本理顕さんが設計した。
講義室や高性能のパソコンを備えた教室、教員の研究室を仕切る壁もガラスを採用している。どこで過ごしていても仲間の姿が見え、距離感は近い。「いま何してるの?」と、フロアを挟んで学生同士が声を掛け合うこともよくあるのだという。
そんな校舎の中で、誰の目にもとまる存在が、「情報ライブラリー」と呼ばれる図書館。そこはガラスの壁に囲まれながらも、静けさに包まれている。
「外のオープンスペースが『動』なら、ライブラリーの中は『静』。仲間とわいわいした後、一人で集中できる場所になっている」。副学長で、情報ライブラリー長の佐藤直行さん(54)は説明する。
蔵書は約10万冊と多くはない。だが、情報系の専門書以外に、哲学や教育まで幅広い分野の本をそろえ、手に取りやすい開架式で収めている。
各専攻の書架には、教員の推薦本が置かれ、挟まれたオリジナルのしおりに、その理由を書いた一文が書き込まれている。古今東西の一風変わった論文を集めた1冊は、「知的好奇心がヘンな方向に突き抜けてしまった愛すべき論文の数々」と紹介されていた。
人の感性に訴えるデザインを研究している大学院1年の田中春樹さん(23)は「ここには研究のヒントになって、読みたいと思う本がたくさんあります。出合いが豊富な図書館だと感じています」と話す。
そのための仕掛けの一つが、年に1度のブックフェアだ。地元を含む書店が約2000冊を一堂に並べ、その中から学生が1人3冊まで読みたい本を選び、蔵書に加える本が決まる。書架に「アラブ音楽」「江戸時代の魚図鑑」など意外な本もあるのは、そのためだ。

司書の粟谷禎子さん(55)は「本棚の鮮度を大切にしている」と語る。
ライブラリーを奥へ奥へと進んで行くと、大パノラマが広がっていた。
縦横10メートル超のガラス越しに見える冬景色。吹雪が一瞬やみ、晴れ間がのぞいた。この街のシンボル・函館山が、姿を見せた。
ガラス壁そばの絶景を独り占めできる席に、2年生の浦雅宏さん(20)がいた。手元には、論文の書き方の指南本や障害があっても読みやすい字体の開発物語など、借りてきた3冊の本。「ここは天井が高くて落ち着いた雰囲気。気分良く読書に集中できるんです」と笑う。
福岡出身の浦さんは「未来大に、ほかにはない独自性を感じた」という。北の大地で、最先端を学ぶ若者たちの可能性を、本がさらに広げてくれることだろう。
文・伊藤甲治郎
写真・林陽一
<至宝>コンピューターに頼らず
革新的な手法で戦後のグラフィックデザインを先導してきた杉浦康平さん(92)が手がけたポスターやカレンダー、雑誌など328点を所蔵する。2009年に講演で函館を訪れた杉浦さん自身が驚くほど充実したコレクションだ。
1973年版の「富士フイルム手帳便覧」には、全国の鉄道と主要道路を落とし込んだ
精緻(せいち)
な地図が付属する。富士フイルムホールディングス(東京)の広報担当者は「現在、従業員や取引先に配っている手帳の前身。多くのカメラファンにも愛用されていたとの記録が残る」と話す。
司書の粟谷さんは「コンピューターに頼らず構想されたデザインに触れることは、情報系の学問を専攻する学生にとって意義が大きい」と強調する。
のぞいた瞬間発見ある
[学長に聞く]のぞいた瞬間 発見ある…鈴木恵二さん(60)
情報系の学びはパソコンと向き合いがちです。校舎内を開放的な空間としたのは、人と人とのコミュニケーションが自然と生まれるようにするためです。図書館は校舎内で最高の「特等席」。のぞいた瞬間、「世の中には、こんなことがあるんだ」と発見できるよう、多様な分野の本を集めています。
今はAI(人工知能)の時代と言われています。ですが、AIは「よくできた鏡」にすぎません。知らないことはアウトプットできないし、深掘りもできない。だからこそ、人が知に触れる場所として図書館は重要なのです。
■公立はこだて未来大
■大学概要 北海道函館市と北斗市(旧上磯町、旧大野町)、七飯町でつくる函館圏公立大学広域連合が設置者となり、2000年に開学した。システム情報科学部のみの単科大で、情報アーキテクチャ、複雑系知能の2学科がある。社会問題の解決にチームで取り組む「プロジェクト学習」を必修科目とする。大学院生を含む学生数は約1200人。道外出身者も多く、24年度入学の252人は32都道府県から集まった。理念は「オープンスペース、オープンマインド」。
■図書館 校舎全体がキャンパスとなっている大学本部棟の延べ床面積は約2万7000平方メートル。情報ライブラリーは3階の一角を占め、地元住民にも使いやすいよう正面玄関近くに出入り口がある。開館時間は平日午前8時45分~午後6時半(授業のない日は午後5時半)。学生と教員は午後10時まで利用できる(土曜は午前10時~午後7時)。函館市と北斗市、七飯町の在住・在勤・在学者は借りることもできる。





