上層階の左右が本で埋め尽くされたライブラリーバレー。圧巻の景色が谷底を歩く学生たちの研究意欲を高める
京の北西、衣笠山の麓。
名刹(めいさつ)
に囲まれた立命館大衣笠キャンパス(京都市北区)の正門から、盛りの過ぎたサクラが舞う中を進んでいくと、大理石の円柱が目を引く威風堂々とした建物が出迎える。
2016年に開館した「平井嘉一郎記念図書館」。立命館大に七つある図書館で唯一、個人の名を冠している。総工費45億円のほとんどを寄付した卒業生の実業家(故人)を顕彰した。
同様の大学図書館としては、米ハーバード大のワイドナー記念図書館が世界的に有名だ。1912年に起きたタイタニック号の悲劇で夫と息子のハリー・ワイドナーを亡くした母親が、ハーバードの卒業生で愛書家だった息子の夢を継いでほしいと建てた。
立命館大の記念図書館は、ハーバードのそれと外観が重なる。寄付にあたり、平井氏の遺産を相続した妻の信子さん(74)がワイドナー図書館を訪れ、意匠を取り入れるよう望んだという。
知の神殿――。その言葉がぴったりのたたずまいだ。
図書館のエントランスを抜けると、巨大な吹き抜け空間が広がっている。高さは最上階の3階まで貫く約13メートル。「ライブラリーバレー」(本の谷)と呼ばれている。
谷底の1階から見上げる2階と3階の左右は書架。「図書館の持つ力を視覚化」することを狙って設計された。そこに収められているのは、大学ゆかりの教員や卒業生たちが執筆した研究書や文学作品。先輩たちが積み重ねてきた知の営みが伝わってくる。
法学部2年の竹内亜瑠斗さん(19)は「初めて訪れた時、圧倒されました。知的好奇心を刺激され、大学で学ぶのが楽しみになりました」と語る。
設備は、クラシックな外観からは想像できないほど現代的だ。
蔵書は約107万冊。貸し出し可能な資料にはICタグが貼られており、入退館ゲートに近付くと自動で読み取られる。すぐに管理システムとの照合結果がディスプレーに表示され、正しければ教職員証や学生証をタッチするだけで手続きが完了。同時にゲートが開く。
図書館利用支援課長の
菰方(こもかた)
洋介さん(45)は「学生や教員の研究を支えるため、最新技術を導入した」と説明する。
2階と3階の書架に配されている本の多くは専門書。1階の奥には、新刊書や教員のおすすめ本が並ぶ。閲覧スペースは、書架を囲むように設けられており、総座席数は2000。地下がカラフルでカジュアル、上層階は木の風合いを基調に落ち着いた雰囲気と、変化をつけた。「それぞれのお気に入りの場所を見つけ、本に囲まれながら長く過ごしてほしい」という、平井氏と信子さんの願いをくんだ工夫だ。
国際関係について研究する大学院修士1年の朝倉康太さん(23)は、京都の街を一望できる3階窓側の席がお気に入りだ。「週に2、3回は必ずここに来て、勉強しています」と笑う。
そんな3階の一角には、平井氏が生前に愛用した眼鏡や時計を並べたメモリアルルームもある。法学部3年の関根実夢さん(20)は「ここが寄付で建てられたとは驚きでした。改めて、大切に使わなければと思いますね」と表情を引き締めた。
大先輩の思いが刻まれた図書館で、後輩たちの学びはおのずと深まることだろう。
文・佐々木伶
写真・須藤菜々子
<至宝>反戦記した青春ノート
図書館2階「加藤周一文庫」は、戦後を代表する知識人・加藤周一(1919~2008年)が集めた書籍や雑誌、手書きのノートなど約2万点を所蔵する。加藤が立命館大国際平和ミュージアムの初代館長を務めた縁で遺族から寄贈された。
戦前から戦中の17~22歳の頃につづったノートは「青春ノート」と呼ばれ、早熟で知られた加藤の若き日の思索の跡がうかがえる。
ドイツによるフランス侵略を懸念する記述もあり、立命館大加藤周一現代思想研究センター顧問の鷲巣力さん(80)は「生涯を通じて平和を訴えた加藤が、戦中も反戦を貫いていたことがわかる」と語る。
ノートは、図書館のウェブサイトでも公開している。
[学長に聞く]自分の居場所見つけて…仲谷善雄さん(66)
副学長時代から時々、足を運んでいます。知の拠点でありながらも、気後れせずに入れる。この図書館が学生同士の出会いの場となり、議論しているのを見ると、「いいな」と思いますね。
本で学ぶことは、領域にかかわらず学問の基礎となります。学生には、この図書館で自分の居場所を見つけてほしい。そうできる人が大学に早くなじみ、伸びていくのです。
図書館が、正門に近いところに象徴的に立っているのもいい。卒業生が写真を撮っているところを目にすると、ここは学生にとって大事な場所なのだなと、改めて感じます。
立命館大
■大学概要 1869年(明治2年)、後に首相となる西園寺公望が京都御苑内の邸宅で開いた私塾「立命館」が起源。京都法政学校などを経て、1913年(大正2年)に現校名となった。「自由と清新」を建学の精神、「平和と民主主義」を教学の理念に掲げる。法、経済、経営、情報理工など16学部を擁し、2026年にはデザイン・アート学部(仮称)を開設予定。衣笠と朱雀(京都市中京区)、びわこ・くさつ(滋賀県草津市)、大阪いばらき(大阪府茨木市)の4キャンパスがあり、学部生は約3万5000人。
■図書館 平井嘉一郎氏は京都府出身。1940年(昭和15年)に法経学部(当時)を卒業後、電子部品メーカー「ニチコン」を育てた人物として知られる。2001年に93歳で死去した。記念図書館の延べ床面積は約1万4500平方メートル。学外者も閲覧可能で、借りることもできる(登録料半年1500円)。






