階段状に設けられた書架の上は閲覧席。膨大な本の迫力と学びに励む学生の姿に圧倒される
再開発で生まれ変わった緑の多い街と一体化した東京理科大の葛飾キャンパス(東京都葛飾区)。中央を貫く石畳の道に沿って、まだ真新しい建物が並ぶ。道の先の木立の向こうに控える図書館は、このキャンパスの最先端の研究を支えている。
館内に足を踏み入れると、そこは吹き抜けの空間。階段状に配された書架の本が、視界に押し寄せてくる。書架の上は机になっており、カウンター状の閲覧席だ。本を読んだり、ノートにペンを走らせたり。学生たちが研究に打ち込む。
工学部3年の坂口
祥梧(しょうご)
さん(21)は最上段の席がお気に入り。「周りを見ると、熱心に勉強する仲間たちがいます。『自分も頑張らなければ』と、気持ちが引き締まります」と話す。
蔵書約14万冊の8割が理系の専門書だ。先進工学部教授で、館長の菊池明彦さん(61)は「必要なデータが蓄積されている教科書は目立つように配架している。専門書の取りそろえは、大学図書館としては有数の規模だ」と胸を張る。
実験授業を終えたばかりという工学部2年の川崎
碧海(あおみ)
さん(19)は、リポートを書くため5冊を借りた。目当ての本は貸し出し中だったが、「同じ実験をした人かなと思うと、親近感がわきました。先に譲ります」と、ほほ笑んだ。
館内の閲覧席は600余り。議論にうってつけの円卓席などもある。
異彩を放つのが「黙考書院」と呼ばれるスペース。ソファ席が中心のラウンジのような空間で、静かに読書することに重きを置いた。実験データの処理などでパソコンを使うことの多い理系学生であっても、ここでは利用禁止だ。
先進工学部3年の金木美佑紀さん(21)は「資料をじっくり読み込むのにぴったりの環境なので、集中できるんです」と語る。
一方で、学生が一息つけるような工夫も凝らす。常設の教員推薦書を並べたコーナーには、漫画や自己啓発本もあり、季節に合わせた企画展が頻繁に開かれている。
訪れた5月の上旬は、「数式なしで語る数学」「『かわいい』工学」など、研究の世界に足を踏み入れた新入生たちが、つい手に取りたくなる約80冊が集められていた。
「読書を身近なものにするため、易しくわかりやすい本を選んだ」。図書館スタッフの堀田葉子さん(30)が教えてくれた。
図書館を後にし、石畳の道に差し掛かると、路面に英語で「2006 iPS細胞の作製」と刻まれているのに気が付いた。
興味をそそられ、キャンパスの正面に向かって一つ一つ拾っていく。「1938 ウラン核分裂の発見」「1866 ダイナマイトの発明」と、年代が遡っていった。
始まりは、「1455 活版印刷技術の発明」だった。この技術によって書籍の刊行が盛んになり、知識の共有が進んで、科学や文化の発展につながった――。そんな理由で起点にしたという。
科学史をたどるように道に刻まれているのは106項目。このキャンパスから、次の成果が生まれることを想像すると、胸が躍った。
文・宇田和幸
写真・武藤要
<至宝>相対性理論いち早く紹介
手あかがついた紙に「あるべると・あいんすたいん」の文字。「相対性理論」を確立したアインシュタインの考えを日本にいち早く伝えた「東京物理学校雑誌」の原本を所蔵する。
理論の完成が正式発表される5年前の1911年(明治44年)に刊行の雑誌232号。日本人でアインシュタインに初めて会った物理学者の論文で、「ぷらんく」「にゆーとん」らの名も挙げ、「新観念ノ説明ヲコヽニ試ミヤウト思フ」と記されている。
学芸員の大石和江さん(58)は、「相対性理論は最先端の宇宙研究やGPS(全地球測位システム)など、現代物理学にも応用されている。論文からは、古くて新しい『物の理』を解き明かそうとする過程が読み取れる」と話す。
[学長に聞く]読むだけでなく考えて…石川正俊さん(70)
科学技術が発展した現代だからこそ、知識や情報をどう活用するかが問われます。例えば夏目漱石の「坊っちゃん」には、主人公が適当に勉強していたら東京物理学校を卒業できた――との一節がありますが、当時は卒業が極めて困難な時代。時代背景や、漱石風の斜に構えた
婉曲(えんきょく)
表現を知っていれば、人並みの勉強で難関を突破したという自慢話に仕立てたのだとわかります。
図書館は単なる知の集約拠点ではありません。人間の知能がどう働くかを想像する空間です。ただ本を読むのではなく、立ち止まってじっくり考える時間も持ってほしいと思います。
東京理科大
■大学概要 東京大理学部の卒業生ら21人が1881年(明治14年)に創設した「東京物理学講習所」が源流。東京物理学校への改称を経て、1949年(昭和24年)に現在の大学となった。理、薬、工など7学部を擁し、大学院と合わせた学生数は約2万1000人。卒業生には、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智さん(89)らがいる。葛飾キャンパスは工場跡の再開発地に葛飾区が誘致し、13年に開設された。ほかに神楽坂(東京)など3キャンパスがある。
■図書館 葛飾キャンパスの図書館棟は5階建て、延べ床面積約9800平方メートル。図書館部分は1、2階を占め、3階以上にホールなどがある。葛飾区の科学教育センターも併設。18歳以上の区民は手続きすれば図書館での閲覧が可能で、貸し出しも受けられる。各キャンパスにある図書館の総蔵書数は約87万冊(電子書籍含む)。





