およそ20の小さな建物の間を通路が縫う。上から見るその姿は、いくつもの細胞が結び付き、ひとつの生命体を成しているようだ。
近畿大東大阪キャンパス(大阪府東大阪市)の「ビブリオシアター」は、中央図書館の分館として機能している。2階建ての館内は迷宮を思わせる空間。1階には、探索の道しるべが所々にある。
天井から下がる
行灯(あんどん)
に記された一文が面白い。集めた本のテーマを表す33個の最初は「注目すべき個性たち」。行灯の下には異才が際立つ作家や思想家、実業家らの著作などが並んでいる。その先には「進化する生態系」があり、さらに「生命のはたらき」「医療と健康と薬」へと続く。

思考が順路立てられたような配列。学生たちが、どんどん迷宮の奥深くへと
誘(いざな)
われていく。
シアターを監修したのは、今年8月に80歳で亡くなった著述家で編集者の松岡正剛氏。文化、芸術、生命哲学などを幅広く論じ、多様な領域を結びつける「編集工学」を提唱した彼が、「世界のどこにもない大学図書館を」との依頼に応えて作り上げた。
「その最大の特徴が本の配列に表れた」。松岡氏が設立した「編集工学研究所」社長の安藤昭子さん(53)は語る。
国内の多くの図書館が、0~9の数字それぞれに、産業や文学といった分野を割り当て、さらに細分化していく日本十進分類法を採用する。しかし、松岡氏は、これを「管理者のための配列である」と退けた。
利用者である「学生のための配列」として考案したのが、テーマ別に本を整理した「
NOAH(ノア)
33」と名付けた分類。図書館は知の
方舟(はこぶね)
を目指す――との思いが込められている。各テーマは、松岡氏が考える「学生に身に付けてほしい世界の見方」で設定された。
小説から学術書まで、シアターの約3万冊がこの分類法に従って並んでいる。卒業論文の資料を探しに訪れた経営学部4年の猪野晃平さん(22)は「普段はインターネットで資料を探しますが、ここに来ると検索では見つからない視点の本が目に入り、面白いんです」と書架に見入っていた。

2階の書架の配列も、ここならではだ。32のテーマに分かれたエリアで出迎えるのは、漫画。その周りに、テーマとつながる新書や文庫などが配されている。
このフロアの分類法は「
DONDEN(ドンデン)
」。漫画を手始めに知が深まる「どんでん返し」が起きることを期待した命名だという。
建築学部4年の川北
夢依(ゆい)
さん(23)は、江戸から現代の歴史をテーマにした「菊と刀の大日本」エリアで、明治末期の北海道と樺太を舞台にした漫画「ゴールデンカムイ」を手に取った。この作品からアイヌ文化に興味が向き、関連する書籍も読むようになった。「ここで読書の幅と知識が広がりました。多くの学生にこの体験を味わってほしい」と川北さん。今は図書館の催しを企画する学生団体のリーダーとして活動する。
シアターの構想段階から関わる中央図書館学生センターの岡友美子さん(64)は「当初、現場には新しい分類法への戸惑いがあったが、学生が本を手に取るきっかけになった」と話す。
卓抜した編集者が仕掛けた「知の迷宮」で、学生たちは何と出会うのか。大いに迷った先に、それぞれのゴールがあることだろう。
文・内田郁恵
写真・佐々木紀明
<至宝>世界最古 日本単独の地図
スペインの地図制作者ルイス・テイセラの手と伝わる「日本図」。1595年刊行書に収載され、日本を単独で描いた現存最古の地図とされる。
日本で布教していたイエズス会から入手した地図が基になっているとみられ、「Firando(平戸)」「BVNGO(豊後)」「MIACO(都=京都)」などの地名が見える。北海道は、まだ認識されていなかったようだ。
欧州の地図で日本が描かれるようになるのは、マルコ・ポーロが東方見聞録に「黄金の国ジパング」と紹介した後。近畿大は16~19世紀の西洋古版地図約130点を所蔵しており、中央図書館レファレンス課の国見唯さん(37)は「想像上の国が時代とともに正確に描かれていくのは興味深い」と話す。
[学長に聞く]「心の基礎体力」養って…松村到さん(66)
医学部長だった時は別のキャンパスにおり、ビブリオシアターを訪れたのは今春、学長に就任してからです。これまでの図書館とはずいぶんイメージが違い、驚きました。思わず本を手に取りたくなる雰囲気で、今、自分が学生なら、ここで読書にふけりたいところです。
私は本を読むとき、その世界に完全に没頭します。「自分ならどう行動するか」を考えながら読み進めるのです。
そうやって心に蓄積されたものは、人生に影響を与えます。本から専門外の知識を吸収して、「心の基礎体力」を養ってもらいたいと思っています。
■近畿大
■大学概要 大阪専門学校(1925年=大正14年=創立)と大阪理工科大(43年=昭和18年=同)を母体に、1949年(昭和24年)に設立された。実学教育を建学の精神に掲げる。「海を耕す」という理念のもと魚の養殖研究に力を入れ、2002年に世界で初めてクロマグロの完全養殖に成功。「近大マグロ」として商品化されている。大阪、和歌山、奈良、広島、福岡の5府県に6キャンパスを展開し、計15学部に約3万5000人の学生が在籍する。24年度一般入試の延べ志願者数は約14万7000人で、11年連続の日本一。
■図書館 ビブリオシアターは2017年オープン。中央図書館はシアターを含め約135万冊の書籍と約1万1000種の雑誌を所蔵する。近隣に居住・勤務する20歳以上利用可(登録料年間6000円)。年度ごとの更新制で、定員は150人。夏休み期間は大阪府内の高校生も利用できる。



