ラグビー選手 姫野和樹さん(31
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ラグビー選手の姫野和樹さん(31)は、給食費が払えないなど経済的に苦しい家庭環境で育った。大切なお金をなくし、申し訳なくて自ら命を絶とうとしたことも。ラグビーと出会い、「この境遇から抜け出そう」と練習に励み、日本代表になった今、貧困でつらい思いをする子どもたちに「夢を持って」と呼びかける。
「なんで普通の家じゃないんだろう」
「貧乏なことを誰にも知られたくない」という気持ちが大きかったですね
名古屋市にある古いアパートの6畳2間に両親と姉、妹の5人で暮らしていました。小学校では給食費を何か月も滞納し、繰り返し督促されました。両親とも働いていましたが、給料がパチンコに消えることもあり、お金のことでけんかが絶えない。家に居たくなくて、いつも公園の遊具やアパートの外階段に座って深夜まで月を眺め、「なんで普通の家じゃないんだろう」と思っていました。
ラグビーと出会ったのは中学生の時です。1メートル70あった身長にラグビー部の顧問が注目してくれ、軽い気持ちで練習に参加しました。相手を突き飛ばしても反則にならず褒められる。すぐにのめり込みました。
県の選抜チームからも声がかかりましたが、遠征には3万円以上かかる。親に言い出せず、メンバーに選ばれないよう、本来と違うポジションで選考に参加し、落ちました。「貧乏なことを誰にも知られたくない」という気持ちが大きかったですね。
「もう、死んで楽になろう」と考えたことがあります。給食費だったと思うのですが、滞納分を支払うために親からもらった大事なお金をなくしてしまったんです。自分ではどうすることもできず、台所から包丁を持ち出しました。
その時、友達の顔が思い浮かびました。肉まんやアイスを半分にして分け合ったことや、公園でくだらない話をした時間。お金がなくても楽しかった思い出がよみがえり、踏みとどまれたのだと思います。
「100円の重み忘れたくない」今もつける家計簿

苦しい家庭環境でも非行に走らなかったのはラグビーがあったから。シューズには穴が開きジャージーもぼろぼろでしたが、体一つあればプレーできる。練習に打ち込んでいると、家のことも忘れられました。
高校と大学はラグビーの強豪校に推薦で入学できましたが、お金が足りず、指導者に合宿費を借りることもありました。ありがたかったですが、情けないし恥ずかしかった。「この生活から抜け出してやる」と決意し、練習に励みました。
貧しい暮らしを抜け出せたと思えるようになったのは、大学卒業後、現在のチームに所属し、自分で稼げるようになってから。ですが、安定した収入や生活が得られた今も、「100円の重み」を忘れたくなくて、家計簿をつけています。
「心を鍛えて常に一流であれ」

どんな子にも、きっと、夢中になれることや楽しいことが見つかります。志を持っていれば、必ず道は開けてきます。中学の顧問から言われた「心を鍛えて常に一流であれ」という言葉は今も胸に刻んでいます。
回らない
寿司(すし)
や、でっかいステーキを食べられるようになった今も、子どもの頃に友達が半分くれた肉まんやアイスよりおいしいものは、食べたことがありません。あれは「優しさの塊」でできていて、大人では出会えない味だったな。
今は苦しいかもしれないけれど、そんな感性も大事にしてほしい。大丈夫。生きていれば何とかなります。(宇田和幸)
◇ひめの・かずき 名古屋市出身。春日丘高(現・中部大春日丘高)から帝京大を経て、トップリーグ(現・リーグワン)のトヨタに加入。2019年からラグビーワールドカップに出場し、23年大会では主将を務めた。著書に「姫野ノート『弱さ』と闘う53の言葉」(飛鳥新社)。

