学生たちが「チーズケーキ」と呼ぶ図書館の学習棟。V字の柱に支えられ、宙に浮いているようだ
校名を刻んだ正門の銘板はまだ新しく、夏の
陽(ひ)
の下に輝いていた。これから訪ねる施設の愛称は、チーズケーキ。気分を高揚させながら歩いて行くと、宙に浮かぶように立つガラス張りの建物が見えた。
東京科学大・大岡山キャンパス(東京都目黒区)の図書館。側面が長方形のため四角い箱形と想像していたが、近付くと、それは「三角柱」だった。学生たちが、ケーキと呼んでいることに納得した。
約64万4000冊の蔵書の多くは地下に収められている。ケーキの最も鋭い頂点の下に開いた口から、潜っていく。たどり着いた先に広がる空間は、まるで「知の洞窟」だ。とはいえ圧迫感はなく、地下1階中央の閲覧スペースは天井が6メートル超もあるという。周りにコンクリート製の円柱が延び、静穏な空気が漂う。
地上のケーキは、ひとりでリポートをまとめる時やグループ学習の場に利用されている。地上と地下が一体となって図書館を構成していた。
「キャンパス中心の桜並木と周辺の緑との調和を邪魔しないよう、地上部分は軽快に。一方、先人の知を共有するには多くの本に囲まれていることが大切で、図書館機能は地下に集約した」。設計を担当した名誉教授の安田幸一さん(66)は、そう話す。
限られた地下空間であっても、学生たちがなるべく多くの本を直接手に取れるよう導入したのが、可動式の「集密書架」だ。

高さは天井間際まであり、横幅は約3・75メートル。普段は書架と書架が密接しているが、通路に面したボタンを押すと、ゆっくり開く。書架1台で1200~1600冊の収容能力があり、地下1階と2階に据えた289台に約31万2000冊が収められている。
スポーツ工学を研究する工学院修士課程2年の竹本直人さん(24)は「集密書架の奥には、時代を超えて引き継がれてきた本があります。近未来的な雰囲気の中で、歴史の重みを感じます」と語る。
なかでも「好奇心がくすぐられる」というのが、国の科学研究費を得て進めた研究の報告書を収めた書架だ。知っている研究者の名前を見つけると引っ張り出し、ページをめくるという。
工学院3年の川上真輝さん(20)は、ロケット工学の本を3冊手にしていた。教科書の指定がない講義もあり、「体系的に理解を深めるのに役立つ本はないかな」と探し当て、借りたのだという。
館内では、書架に囲まれた席がお気に入りで、「他の学生の視線を気にせず、ひとりで集中できるんです」と川上さん。「試験の1週間前から、普段より2時間遅い午後11時まで利用できるので、籠もって勉強しています」と笑う。
昨年度の入館者は1日平均約700人。閉鎖やオンラインでの講義が続いたコロナ禍後は年々、増える傾向にある。
環境・社会理工学院1年の樽井亮太さん(19)は入学後、情報収集の軸足がネットから紙の本に移った。「図書館で、たくさんの本に囲まれている影響が大きいかな」。最近は、しばらく遠ざかっていた小説も借り、読書の幅が広がっていることを実感している。
「テクノロジーや通信環境が劇的に進化しても、未知の知識への学生の憧れは変わらない。大学図書館は、探究を支える存在であり続けたい」。物質理工学院教授で館長の森川淳子さん(60)の思いは、きっと学生たちに届いている。
文・上田詔子
写真・林陽一
[至宝]「学問の融合」象徴する書
イタリアで1792年に出版された「筋肉運動による電気の力」第2版。巻末に、実験図版がある。死んだカエルの神経を2種類の金属で挟むと脚がけいれんする――。後に、異なる金属の接触が電気を生むことの発見につながるこの実験は、電池の発明に応用された。
旧東京工業大が1987年度に購入した電気磁気学の古典140点の一つ。講師の
多久和(たくわ)
理実さん(38)は「科学者たちが試行錯誤した歴史の重みを感じさせる」と話す。
著者のルイージ・ガルバーニ(1737~98年)は医師で、物理学者でもあった。図書館情報管理課長の原竹留美さん(52)は「学問の融合を体現した人物による実験の記録はきっと、科学大生の刺激となる」と語る。
[学長に聞く]心震える出会い 大切に…田中雄二郎さん(71)
東京医科歯科大の学生の頃から、何度読んでも心が震える本との出会いを大切にしています。今も繰り返し読むのは、「徒然草」や日本軍が敗れた原因を分析した「失敗の本質」など20冊ほど。学んだ教訓は、コロナ禍と重なった医科歯科大の学長時代、医師や看護師らの心身の健康に目配りすることへとつながり、結果的に多くの重症患者さんを受け入れることができました。
図書館では本を探し、見比べながら読むことができます。ネットに代替できない大切な機能です。偏った情報があふれる時代にこそ、有為な場所なのです。
■大学概要
ともに国立の東京工業大と東京医科歯科大が統合し、2024年10月に誕生した。愛称は「SCIENCE TOKYO」。東工大は1881年(明治14年)創立の東京職工学校、医科歯科大は1928年(昭和3年)の東京高等歯科医学校が源流。理、工、医、歯など8学部があり、大学院と一体化した旧東工大系の学部は「学院」と呼ぶ。学生数は約1万3000人。大岡山と科学大病院のある湯島(文京区)など東京都内の4か所と横浜市、千葉県市川市に計6キャンパスがある。
■図書館
大岡山キャンパスの現図書館は東工大時代の2011年に開館した。蔵書は自然科学系32%、工学系22%、社会科学系15%の割合で、理系中心の構成となっている。理工学系の希少な海外誌などを収集・保管する国の「外国雑誌センター館」に指定されている。湯島キャンパスの御茶ノ水図書館は医歯学系の約15万6000冊を収める。





