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日本「質の高い」論文数はイランに次ぐ世界13位、過去最低でも文科省研究所「下げ止まりの傾向」…自然科学分野

2024-09-03T13:41:43+09:00

 自然科学分野の研究論文のうち、他の論文へ引用された数が「上位10%」に入る質の高い論文の数で、日本は世界13位だったことが、文部科学省の科学技術・学術政策研究所の調査でわかった。過去最低だった昨年の発表と同じ順位だったが、同研究所は「この数年分の傾向を分析すると、下げ止まりの傾向がある」としている。文部科学省 同研究所は、研究内容が注目されて他の論文に引用された回数が多い論文数について、国・地域別の年平均数と順位をまとめている。2020~22年分を集計したところ、引用数が上位10%に入る論文は中国が1位、米国が2位で、日本は昨年同様、イランに次ぐ13位だった。さらに影響力が大きい、引用数が「上位1%」に入る論文では、日本は昨年と同じ12位だった。  同研究所によると、20年前は、先進7か国(G7)や経済協力開発機構(OECD)加盟国の論文数の割合が大きかったが、近年は中国が台頭。今回は特にインドやエジプト、サウジアラビアなど、グローバル・サウスと呼ばれる新興・途上国の伸びが目立ち、存在感が増しているという。

日本「質の高い」論文数はイランに次ぐ世界13位、過去最低でも文科省研究所「下げ止まりの傾向」…自然科学分野2024-09-03T13:41:43+09:00

小中学校の教員7700人増員へ、新人教員の授業2割減…文科省働き方改革案

2024-09-03T13:41:41+09:00

 文部科学省は27日、教員の働き方に関する改革案をまとめた。来年度は教員約7700人を増員し、小学校で「35人学級」への対応や教科担任制の拡充などにあて、新人教員の持ち授業時間数を2割削減する。近く、こうした施策をまとめたパッケージを公表する。文部科学省 教員の長時間労働を背景に、なり手不足が深刻化するなか、働き方改革を加速させる狙いがある。  改革案では、教科ごとに専門の教員が教える教科担任制を現行の小学校5、6年から3、4年の中学年にも広げ、来年度は教科担任教員を2160人増員する。中学年の学級担任の週当たり持ち授業時間数を3・5コマ(1コマ45分)減らす。 新人教員が学級担任になった場合は受け持つ学年を問わず、教科担任制を取り入れ、週当たり5コマ減とする。新人が教員一般の週当たり平均24コマを担当している場合、2割程度削減される見込みだ。 また、1学級当たりの児童数の上限を40人から35人に引き下げることを進め、来年度は3637人増やす。 中学校では、不登校やいじめに専従する「生徒指導担当教員」も4年かけて全公立中学校に配置し、来年度は1380人を確保。過疎化や貧困など多様化する課題への対応として476人を増員する。 副校長や教頭をサポートする人材も現在の1000人から3000人にする。校長らの管理能力を高めるための研修を新たに実施するほか、校務のDX(デジタルトランスフォーメーション)化を推進し、教員の負担軽減を図る。 中央教育審議会は27日、公立学校教員に残業代の代わりに一律支給されている「教職調整額」を基本給の4%から10%以上へ引き上げるよう盛山文科相に答申。文科省は来年度予算の概算要求に教職調整額を「13%」として盛り込む方針だ。

小中学校の教員7700人増員へ、新人教員の授業2割減…文科省働き方改革案2024-09-03T13:41:41+09:00

バッシングでうつ病になった兒玉遥さん、いま大切にする「自分の基準」

2024-09-03T13:41:40+09:00

「#しんどい君へ」兒玉遥さんからのメッセージの動画はこちら俳優 兒玉遥さん(27) つらかったら逃げて 声優・作家、池澤春菜さん…STOP自殺 #しんどい君へ  アイドルグループ「HKT48」元メンバーで、俳優の兒玉遥さん。ファンや周囲の人たちに認められたいと頑張り過ぎて疲れていた時、SNSで大量の 誹謗(ひぼう) 中傷が押し寄せ、うつ病になりました。ストレスから過食にも陥り、2度、休業もしました。「他人の評価を基準にせず、自分が幸せか、満足しているか、『自分の基準』を大切にしたらハッピーになる。しっかり休むことも大切です」と呼びかけます。 夢のアイドル 頑張り過ぎて自分を追い込むSNSで誹謗(ひぼう)中傷を受け、うつ病ににった経験を語る兒玉遥さん 小さな頃から人前に出るのが好きで、アイドルになる夢を描いていました。学級委員になったり、劇の主役に立候補したりと活発な子どもでした。そんな自分がうつ病になるなんて、思いも寄らないことでした。  アイドルになるきっかけは、父が見つけてくれた「HKT48」のオーディションです。地元・福岡を離れて東京に出るほどのガッツはなく、二の足を踏んでいた中学生の時、「地元を離れずに憧れのアイドルになれる、最高のチャンス」と思い、応募しました。 オーディションの時から、歌や踊りで他の人との力の差を感じていました。合格後は「グループ内でどう個性を出すか」「衣装がかわいく見えるようにもっと痩せなきゃ」と必死でした。徹夜でダンスの練習をしたり、炭水化物を取らない食事制限を続けたり。自信のなさを克服しようと必死で、自分を追い込んでいました。 HKTのメンバーになって5年がたとうとしていた2016年、新曲を歌う16人を決めるAKB48グループの「選抜総選挙」で9位になりました。初の選抜入り。目標を達成してうれしいはずなのに、既に疲弊していました。選抜入りした歴代の先輩方に比べて「自分は全然できていない」と不安が募り、仕事の前日は考え過ぎて眠れず、翌朝は体が重く感じました。 やがてぼーっとする時間が増え、グループのメンバーたちに「調子が悪そう」と心配されるようになりました。仕事の前後には、わけもなく悲しくなり、涙が出てくるようになりました。心ないバッシングでうつ病に心ないバッシングを受けたことも 16年末のNHK紅白歌合戦で「事件」が起きました。番組中にAKBグループの人気投票が行われ、48人の中から上位16人が下から順に発表されました。残り1位と2位になった時に、「自分が呼ばれるかも」と舞台の中央へ移動しました。ですが、名前は呼ばれませんでした。その場で号泣しました。  SNSやネットの掲示板に「勘違い野郎」「めっちゃウケる」といったコメントが殺到しました。元々、ファンの反応が気になってSNSは毎日見ていました。掲示板で嫌な書き込みがあると分かっていても、気になって見てしまうんです。今なら、笑って話せますが、当時は真正面から受け止めていました。「頑張っているのに、何で笑われるんだろう」。言葉の 刃(やいば) に心が折れてしまいました。  それ以降、歌詞が覚えられず、ダンスも思い出せない。これまでできていたことができなくなりました。会社の勧めで心療内科に行きました。うつ病と診断され、17年2月から休養しました。自分でも驚きました。明るく前向きなはずの自分が、うつ病になるなんて、想像もしませんでした。 もともと真面目な性格で、中学生の時は定期テストの成績が下がったのが悔しくて、分単位で勉強の計画を立てるようなタイプでした。誰かに相談するという発想もなく、「今日も頑張ろう」「ずっと頑張ろう」と自分を鼓舞し続けてきました。復帰と再休業を経て心に変化 福岡の実家に帰ると、医師に「心の安定には、規則正しい生活が不可欠」と言われ、早寝早起きを心掛けました。でも、起きても何もやる気が起きず、一日中ベッドに横になっている日もありました。徐々に起き上がれるようになると、今度は「仕事がなくなる」「メンバーに忘れられる」という焦りが出てきました。 2か月後に復帰しました。無理のないよう仕事を選び、福岡をベースに月半分は東京でホテル住まいをしていました。でも、「ちゃんと仕事ができていない。迷惑をかけている」と勝手に考え、メンバーやスタッフに腫れ物のように扱われているとも感じ、落ち込みました。ずっと悲しくてつらくて。現場で涙がこぼれないよう耐えるのが精いっぱいでした。 ストレスで暴飲暴食をするようにもなりました。食べている時は、悩みや悲しみを忘れられるんです。1キロの大容量のクリームチーズを容器ごと抱え、ハチミツをかけて食べたこともあります。半年で20キロ体重が増えました。仕事が嫌になり、余計に落ち込み、うつ病を深刻化させてしまいました。「もう誰にも見られたくない、外にも出たくない」と、実家を離れている時は毎日、泣きながら母に電話しました。でも、「他のメンバーにこれ以上差をつけられたくない」と休む選択肢を消していました。 そんな状態を見た医師に、「しっかり休まないと、健康な状態に戻るのは難しい」と言われ、復帰から8か月後に2度目の休養に入りました。事務所にも「期間を決めずにゆっくり休んでください」と言われ、やっと「休んでもいいんだ」と思えました。 それから半年は、自分の部屋で寝たきりの生活でした。何も意欲が湧かず、あるのは絶望感だけ。朝起きると涙が出ました。なぜかわかりませんが、ただ悲しくて、つらくて。「みんなに迷惑をかけて、生きている意味があるのかな。自分は無価値だ」と感じていました。「他人の評価を基準にせず、自分の好きなことや、こうありたいという軸をしっかりもって」とアドバイスを送る兒玉さん そんな時、カウンセリングで医師に言われた言葉が、変化のきっかけになりました。「自分では変えられないことが三つある。一つ目はサイコロの目、二つ目は天気、三つ目は相手の心」 この頃はまだ頭にモヤがかかっているような状態で、すぐに心に響いたわけではありません。でも、この言葉を何度も思い返すうち、今まで「ファンやスタッフだけでなく、アンチの人たちにも認められるよう、もっと頑張らなきゃ」と自分を追い込んでいたことに気付きました。 他人の気持ちは分からないし、変えられない。他人が自分のことをどう評価しているかという「他人基準」より、自分が頑張っていると思えるという「自分基準」にすれば良いんだと、発想を変えられました。 もう一人、私を救ってくれたのは母です。朝から泣きじゃくる私を抱きしめて、「遥は私が守る」と言ってくれました。何があっても味方でいてくれる人がいると感じて、弱い自分をさらけだせるようになりました。自分基準で自分を認めて2度の休業を経て、「周りが何と言おうと、頑張っている自分を認められるようになった」という まずは、スマホを開かず、SNSなどの情報をシャットアウトした生活を数か月続けました。すると、少しずつ元気が出てきました。 車の運転免許を取ろうと思い、宮崎県の祖母宅から教習所に通いました。歌もダンスも覚えられなくなった状態からの回復を感じ、「私、できるじゃん」と大きな自信になりました。祖母宅には2か月ほどいたのですが、みんな畑仕事に忙しく、誰も「兒玉遥」のことなんか見ていませんでした。自分が思うほど、誰も私を気にしていない。当たり前のことですが、大きな気づきでした。 次に、心理カウンセラーの資格を取得しました。芸能界に戻るつもりはなかったので、自分のように悩む人たちを助ける仕事がしたいと思ったからです。 やがて、「旅をしたい」「友達に会いたい」と、「欲」が戻ってきました。カウンセラーは後でもできるけれど、芸能界とは今戻らなかったら、それっきりになると思い、再復帰を決めました。しっかり休むことの大切さを語る兒玉さん 19年6月にHKTを卒業し、俳優として芸能界での活動を再開。 2年ほどの休業を経て、仕事への向き合い方は変わりました。周りが何と言おうと、頑張っている自分を認められるようになったこと。もう一つは、自分から休めるようになったことです。以前は、休みの日もダンスを練習し、SNSも頻繁に更新していましたが、今はよく寝て、友達とサウナに行き、仕事を忘れてきちんと休んでいます。 今もSNSで、人を傷つける言葉を投げつける人はいます。ですが、自分のためを思っての発言以外は、気にしなくていいんです。他人の評価を基準にして、頑張りすぎたり傷ついたりしないでほしい。自分を大切にして、自分の好きなことや、こうありたいという「軸」をしっかり持ってください。そうすれば、心ない言葉は、はじき返せます。 ◇こだま・はるか 福岡県出身。2011年に福岡・博多を拠点とするアイドルグループ「HKT48」第1期生オーディションに合格。19年にHKT48を卒業し、俳優としての活動を本格化した。現在はバラエティー番組やYouTubeなど、様々な分野で活躍中。 あわせて読みたい  ひとりで抱え込まないで…悩んだときの相談窓口 家庭環境に悩み、どん底の10代経験した山之内すずさん「生きてりゃ何とかなる」 生駒里奈さん、いじめの記憶と感情消した過去 乃木坂時代の中傷乗り越え アイドルの「入り口」で下半身不随、猪狩ともかさん「感情吐き出して自分を維持」

バッシングでうつ病になった兒玉遥さん、いま大切にする「自分の基準」2024-09-03T13:41:40+09:00

大学図書館が連携し「デジタルライブラリー」構築…文科省方針、いつでもどこでも閲覧可能に

2024-09-03T13:41:38+09:00

 文部科学省が、大学図書館が保有する書籍や資料などをデジタル化し、学生や研究者らがいつでも利用できる「デジタルライブラリー」の構築に乗り出す。全国の大学図書館をインターネット上で結ぶ「図書館ネットワーク」と言えるもので、実現すれば自宅などからの利用が可能となる。2030年までの導入を目指す。文部科学省 従来の来館型のサービスに加え、利便性の向上を図る狙いがある。26年度から5年間の科学技術政策の指針となる「第7期科学技術・イノベーション基本計画」に盛り込む方向だ。  デジタル化の取り組みは大学ごとに濃淡があるため、システムの統一化などを検討する。今年度から各大学のデジタル化の実態調査と支援策の検討に入り、25年度からは出版社などとも連携し、利用者が少ないために遅れが指摘されている学術書などのデジタル化にも取り組みたい考えだ。 背景には、専門書が豊富な大学図書館の需要の高まりがある。主に学生や研究者が図書館を訪れて利用しているが、社会人の学び直しなど「リスキリング・リカレント教育」の広がりでオンラインで利用したいとの声も高まっていた。新型コロナウイルス禍では休館を強いられたことで、教育や研究活動に支障が出たとの反省も踏まえた。 デジタル化を進めている国立国会図書館との連携も視野に入れている。情報検索機能を持たせるほか、著作者の権利を侵害しないよう、著作権や知的財産の専門人材も育成し、大学図書館に配置する方針だ。 近年は研究データを広く公開することで、新たな技術革新につなげる「オープンサイエンス」の考え方が重視されている。政府は国の予算で行う研究の学術論文を25年度から無料で公開することを義務づける方針を決めているが、対象外となっている研究データの公開も促し、デジタルライブラリーで閲覧できるようにすることも検討している。

大学図書館が連携し「デジタルライブラリー」構築…文科省方針、いつでもどこでも閲覧可能に2024-09-03T13:41:38+09:00

就職活動で「生成AI利用」3人に1人…ES添削や面接の想定問答などで活用

2024-09-03T13:41:36+09:00

 大学4年生らの3人に1人が、就職活動で生成AI(人工知能)を利用した経験を持つことが、就職情報会社「マイナビ」の調査でわかった。企業に提出するエントリーシート(ES)の添削や、面接での質問予想などで活用する例が目立った。同社の長谷川洋介研究員は「生成AIが集める情報の信頼性などに注意しながら、あくまでも補助的なツールとして用いてほしい」と話している。 生成AIで作った偽の性的動画・画像を拡散する「デジタル性犯罪」…韓国で10代が加害者・被害者に  調査は5月に実施し、来年春に卒業予定の大学生や院生の4224人が回答した。チャットGPTなどの生成AIを「使ったことがある」と答えた学生は62・9%で、「就活で利用した」のは全体の37・2%だった。「就活で利用した」割合は前年の調査(18・4%)から倍増した。 大学生の就職活動が解禁され、にぎわいを見せるマイナビの就活EXPO(2023年3月1日、東京都江東区で)  利用方法を複数回答で尋ねると、ESの誤字脱字チェックや添削などの「ESの 推敲(すいこう) 」が56・6%で最も多かった。次いで「ESの作成」が41・7%で、「自己分析」28・8%、業界の情報をまとめるなどの「業界研究」25・2%、想定問答などを尋ねる「面接対策」17・8%と続いた。  対話型の生成AIから精度の高い答えを引き出すためには、具体的な指示や質問(プロンプト)を入力する必要がある。実例を尋ねたところ、生成AIに対し、「あなたは○○社の面接官です」と指示してから質問をしたり、ESの内容を入力して「100点満点で採点して」と点数化を求めたりする使い方が見られた。 最新技術に詳しいキャリアコンサルタントの岡崎浩二さんは「企業側も就活で生成AIが利用されるのは織り込み済みだ。人生の浮き沈みを折れ線グラフで記入させるなど、生成AIが対応しにくい内容をESに課したり、適性検査やインターンシップ(就業体験)を重視したりしている」と指摘している。 あわせて読みたい  テスト採点にAI導入へ…宮城の県立高全70校、「時間外」になりがちの業務で時間を半減と試算 全国の小学生10・8万人減、初めて600万人を下回る…35年連続で過去最少更新 大学図書館が連携し「デジタルライブラリー」構築…文科省方針、いつでもどこでも閲覧可能に 小中学校の教員7700人増員へ、新人教員の授業2割減…文科省働き方改革案

就職活動で「生成AI利用」3人に1人…ES添削や面接の想定問答などで活用2024-09-03T13:41:36+09:00

「夢中になれることを見つけて」いじめられ留学先でも孤独だった 池澤春菜さん、苦しさ救った「自分の世界」

2024-09-03T13:41:35+09:00

「#しんどい君へ」池澤春菜さんからのメッセージの動画はこちら声優・作家 池澤春菜さん(48) 中学生で親に捨てられた大東駿介さん、救いは俳優になる夢「乗り越えた先の人生は楽しい」…STOP自殺 #しんどい君へ  声優や作家として活躍する池澤春菜さんは中学時代、持ち物を隠されたり、避けられたりするいじめを受けました。学校に居場所がないと感じ、高校時代に留学したタイでは、ホストファミリーから食事を与えられず、さらにつらい経験をしました。しかし、留学やアルバイトでの経験を通じて、「くだらないことに付き合う必要はない」と割り切れるようになりました。子どもたちに「没頭できることや、心が逃げ込める場所を見つけてほしい」と呼びかけます。本を隠され、クラスでは最後まで一人小学生の頃から周囲になじめず、中学校では本を隠されたり、仲間外れにされたりした池澤春菜さん  小学生の頃から読書が大好き。小説から哲学的な本まで、大人向けの本ばかり読んでいました。「 輪廻(りんね) 転生はあると思う?」と大人と議論をするのが好きで、学校では休み時間や放課後は一人で読書に没頭することも多くありました。周囲になじめず、「学校に私の居場所はない。だけど耐えなければ」と感じていました。  中学受験をして入学した中高一貫校では、さらに友人関係に悩みました。 中1のある日、机にしまっていた本が見つからなくなりました。周囲から、「気づいたみたい」「どうするんだろう?」とあざ笑うような声が聞こえました。みんなの目の前で捜すのも嫌で、放課後に一人、教室中を捜しました。本は掃除道具入れで見つかりました。 グループ分けをする時には、存在しないかのように扱われ、いつも最後まで一人でした。「また本を読んでいるよ」と聞こえるようにクスクス笑われるのはよくあること。同級生にとって私は異質な存在で、どう接したらいいのか分からなかったのでしょう。 いじめっ子から排除され、「反応してみなさいよ」とさげすむような目で見られるのが嫌でした。昼食の時間は、みんなが机を向かい合わせておしゃべりする中、私だけ、ぽつんと一人。孤独な姿が可視化されているようでつらかったです。登校前、玄関で靴を履こうと座ったら、そのまま足が動かなくなって2時間が経過していたことも 中1の秋からお弁当は、家に帰って食べるようになりました。学校が嫌で、朝、玄関で靴を履こうとしゃがんだら、そのまま足が動かなくなって、気づけば2時間たっていたこともあります。昼食後に教室へ戻らない日や、学校を休む日が増えていきました。留学先では、食事が与えられず病院にも行けない生活に そんな生活から逃げ出したいと、高校1年の夏休みに、英国へ2か月ほど語学留学に行きました。世界中から集まった留学生仲間は私をのけ者にすることもなく、ありのままを受け入れてくれました。いじめられることのない世界があることを知りました。 もっと広い世界を知ろうと、高校2年の春からタイに10か月の予定で留学しました。しかし、タイでは厳しい生活が待っていました。 留学先はバンコクから列車で20時間ほど南へ行った田舎町。ホストファザーとマザーは、欧米から留学生が来ると思っていたようで、私が訪ねると困惑した様子でした。いわば望まぬ居候です。両親は英語が全く話せず、私と同い年くらいで初歩的な英語を話す娘に、私の世話を押し付けました。留学したタイでは、ホストファミリーから病院に連れていってもらえず、食事ももらえず、「留学生虐待」を受けた 到着して数日後、おなかを下して熱にうかされましたが、「病院に行きたい」と伝えても連れて行ってもらえません。結局、ベッドで1週間寝たきりでした。その娘さんは両親に「春菜は病院に行きたくないと言っている」と伝えていたようです。彼女のウソは続きました。ご飯ももらえなくなり、食事らしい食事は学校の食堂だけ。家では、学校帰りに買ったお菓子で食いつなぎました。 日本から持ってきた本を読んでいる時と、日記をワープロで打ち込んでいる時は、それを忘れられる時間でした。本は段ボール1箱分を持ち込んでいて、読み終わらないよう少しずつ読みました。日記は夢中になって書きました。 両親に助けを求めようと、日記を保存したフロッピーディスクを日本へ送りました。4か月目で、この家族から離れることができました。別の家に移って留学を続ける予定でしたが、迎えに来た留学機関の職員がやせ細った私を見て危ないと判断し、急きょ帰国することに。成田空港に迎えに来た母は、体重が10キロ近く落ち、げっそりした私を見ても、誰か分からなかったほどです。アルバイトでの出会いが転機にアルバイト先の広告会社の人たちを見て、社会には伸び伸びと自分らしくいる人がたくさんいることを知った 高2の夏休み明けから、日本の高校に復帰しました。ただ、挫折して帰国したと思われるのが嫌で、最初は家に引きこもりがちでした。登校は週2、3日ほどでした。 そんな私を心配した祖父が、知り合いの広告会社での資料整理やお茶出しのアルバイトに誘ってくれました。これが大きな転機になりました。 会社には、ビシッとスーツを決めた営業マンから、ボサボサ髪で私服のクリエイターまで、いろんな人がいました。社会には、伸び伸びと自分らしくいる人たちがたくさんいることを知りました。 また、アルバイト先の人たちは良い意味で私に無関心で、それが心地よいと感じました。誰もが、「お疲れさま」「バイトしているんだ、えらいね」と普通に接してくれました。それまで、自分に向けられる言葉や視線は全て「ナイフみたい」だと感じていましたが、「私は生きていてもいい存在なんだ」と感じられました。 タイでの経験も、自分の考え方を大きく変えました。言葉が通じない世界の「絶対的な孤独」を経験し、言葉が通じる日本に「孤独」はないと気づきました。そう思うと、学校の狭い世界に惑わされるのはくだらなく感じ、嫌がらせも気にならなくなりました。 登校再開から1か月ほどで毎日通えるようになりました。私が嫌な顔をしなくなったので、面白くなくなったのでしょう。いつの間にか、いじめもなくなりました。 成人してから出席した同窓会で、男子の一人に声をかけられました。「みんな群れているのに、池澤はいつも一人でいてかっこいいと思っていた。俺は怖くて一人になれなかった」と言われました。「見てくれている人はいたんだ」とうれしかったです。あなたがいるべき居場所は見つかるしんどい君へのメッセージは「選んだ孤独は良い孤独」 いじめをしている人に伝えたいことがあります。誰かを支配することで自分に力があるように感じていると思います。でも、一生、人をいじめたという傷を背負って、後悔して生きていくことになると知ってください。 群れて人をいじめるのは、自分が一人だと思われるのが怖いからです。いじめを受けている人が使うエネルギーが100だとしたら、いじめている人は3くらい。くだらないことに付き合う必要はありません。 いま、いじめられてつらい人は、自分が好きなこと、夢中になれることを見つけてください。それが、あなたを救います。私は、大好きな読書と日記を書くことで、タイでの苦しい日常から一時的に離れ、自分の世界を持つことができました。もし、それがなければ心が完全に折れていたかもしれません。何でもいいので没頭できること、心が逃げ込める場所があるといいと思います。 今は、学校が世界の全てのように感じてしまうかもしれませんが、そんなことはありません。学校がつらかったら、心と体を守るために、そこから逃げてください。あなたの居場所はいつか、絶対に見つかります。だから大丈夫だよ。 ◇いけざわ・はるな ギリシャ生まれ、横浜市や東京都世田谷区で育つ。代表作はアニメ「爆走兄弟レッツ&ゴー!!」(主人公・星馬豪役)や、「とっとこハム太郎」(ハム太郎の飼い主・ロコちゃん役)、「ふたりはプリキュア」(ポルン役)など。作家や書評家としても活動し、2020年から2年間「日本SF作家クラブ」の会長を務めた。 あわせて読みたい  身長128cmのダンサーDAIKIさん、絶望を経てダンスでかなえた夢 15歳で1人で生きる決意、本屋大賞の作家・凪良ゆうさんを絶望から救った「物語」 原爆・路上生活・差別、美輪明宏さん「苦しい時こそルンルンと口ずさむ」 ひとりで抱え込まないで…悩んだときの相談窓口

「夢中になれることを見つけて」いじめられ留学先でも孤独だった 池澤春菜さん、苦しさ救った「自分の世界」2024-09-03T13:41:35+09:00

全国の小学生10・8万人減、初めて600万人を下回る…35年連続で過去最少更新

2024-09-03T13:41:32+09:00

 今年度の全国の小学生は約594万人で、初めて600万人を下回ったことが、28日に発表された文部科学省の学校基本調査(速報値)で分かった。 三峯神社で最後の獅子舞、人口減で後継者なく…保存会メンバーで地域在住は2人に  調査は5月1日時点。発表によると、全国の小学生は594万1729人(前年度比10万7956人減)で、中学生は314万1166人(同3万6342人減)だった。小学生は35年、中学生は3年連続で過去最少を更新した。  国公私立の大学に通う学部生は262万8539人(同4236人減)だった。全体では10年ぶりに減少に転じたが、女子学生は120万5652人(同1346人増)で過去最多となり、全体に占める割合も45・9%で最高を更新した。 あわせて読みたい  就職活動で「生成AI利用」3人に1人…ES添削や面接の想定問答などで活用 大学図書館が連携し「デジタルライブラリー」構築…文科省方針、いつでもどこでも閲覧可能に 小中学校の教員7700人増員へ、新人教員の授業2割減…文科省働き方改革案 埼玉・栃木・群馬に多い男女別学、GHQ担当官の柔軟姿勢が背景か…栃木県知事は慎重な対応を強調

全国の小学生10・8万人減、初めて600万人を下回る…35年連続で過去最少更新2024-09-03T13:41:32+09:00

テスト採点にAI導入へ…宮城の県立高全70校、「時間外」になりがちの業務で時間を半減と試算

2024-09-03T13:41:31+09:00

 宮城県教育委員会は9月下旬にも、定期試験などの答案をAI(人工知能)が自動で採点するシステムを県立高全70校に導入する。教員が残業を余儀なくされる理由の一つである採点作業の負担を軽減するのが狙いで、採点にかかる時間を半減できると試算している。先生が赤ペンで丸をつけた答案を生徒に返す光景も、働き方改革を機に徐々に見られなくなるかもしれない。 自動採点システムは全生徒の答案を一度にスキャンし、ソフトウェアを導入したパソコンに読み込ませる。選択式や簡単な記述で答える設問は正答を設定すれば、AIが画像を認識して自動で「〇」か「×」をつける。複雑な記述問題は教員自身が画面上の「△」ボタンなどを押し、「部分点」を直接入力する。  教員は設問ごとに抽出した各生徒の解答を画面上の一覧で見られるため、自動採点に誤りがないか効率的にチェックできるほか、全生徒の平均点や設問ごとの正答率を把握しやすい。 生徒への答案返却は、スキャンした答案に「〇」や点数を印字したデータをタブレット端末で共有したり、印刷して答案原本とともに返したりする方法が想定されているという。 県教委は定期試験のほか、2026年4月入学者の入試でも導入を目指している。月80時間超残業29・5% なり手不足が深刻化する教員の負担軽減は喫緊の課題となっている。文部科学省は29日、教員の働き方改革推進本部を設置し、校務のデジタル化などを盛り込んだ改革案を公表した。 県内の教職員で月80時間以上の残業を経験したことがある人の割合は、2023年度の県立高で29・5%に上り、県教委は27年度までにこれをゼロにする目標を掲げている。公立校の教員は、残業代の代わりに基本給の4%の「教職調整額」が一律支給される仕組みで、残業時間に応じた手当は原則ない。 自動採点システムは先行導入している岡山県立高で、1教科あたり8時間弱かかっていた採点作業が約4時間に短縮したという。 宮城県教委高校教育課は「時間外勤務となりがちだった採点業務が効率化され、教員が働きやすい環境作りにつながれば」と期待している。

テスト採点にAI導入へ…宮城の県立高全70校、「時間外」になりがちの業務で時間を半減と試算2024-09-03T13:41:31+09:00

高校受験で燃え尽きた川田裕美さん、父の言葉で気がついた「1人じゃない」

2024-09-03T13:41:29+09:00

「#しんどい君へ」川田裕美さんからのメッセージの動画はこちらフリーアナウンサー 川田裕美さん(41) 「夢中になれることを見つけて」いじめられ留学先でも孤独だった 池澤春菜さん、苦しさ救った「自分の世界」…STOP自殺 #しんどい君へ  フリーアナウンサーとして活躍する川田裕美さんは「小中学校では優等生で、周囲の期待を裏切りたくないと頑張りすぎ、高校受験で燃え尽きた」と言います。合格した難関校では授業についていけず、学校を休むようになりました。でも、父親の言葉から、周りに素直に頼っていいことに気づきます。「誰だってできないことがある。弱さを恥ずかしがらず、むしろ周りに見せて、素直に頼って」と呼びかけています。高校受験で燃え尽き、補習の常連にフリーアナウンサーの川田裕美さんは、小中学生の時は優等生。高校で授業についていけなくなり、学業不振に陥った 母が教育熱心で、幼稚園の頃からドリルをやっていました。机に向かう習慣がつき、小中学校では優等生。小学生の時は学習塾や習字、ピアノ、水泳と習い事教室にたくさん通っていました。勉強が得意で、余裕を持って宿題を終わらせていました。  でも実は、中学生になるとかなり無理をしないと、上位の成績を維持できなくなっていました。「成績が下がったら周りにどう思われるだろう」「親を悲しませたくない」などと考え、頑張っていました。受験の第1志望は、地元・大阪府立の難関高校。成績上位の生徒はそこを目指すのが自然で、誰に言われたわけでもないのに、「この高校に受からないといけない」と思い込んでいました。入試直前の冬は、毎日のように午前2時頃まで勉強しました。 無事に合格しましたが、目標を達成した私は燃え尽きてしまいました。入学前の春休みに宿題が出されたのですが、苦手だった数学は難しくて、1問目から解けない。量も膨大でした。完全にやる気を失い、宿題をやらないまま入学式を迎えました。そんなことは初めてでした。 授業はスピードが速く、ついていけませんでした。板書をノートに写しても、自分が何を書いているのか分かっていない。成績はあっという間に下がりました。何とかしたいと、塾を探しては通いました。4、5回は転塾したと思います。 高校1年の後半から、成績の悪い生徒を対象にした補習授業の常連になり、すっかり自信を失いました。「もう、ここからはい上がるのは難しい」と感じ始めていました。授業中は発言を求められないよう、ずっと下を向いていました。 人間関係もうまくいかなくなってきました。1年生の頃は休み時間や放課後に、友達と楽しく過ごしていました。徐々に、「こんな成績の悪い私と、誰も仲良くしたくないはず」と思い込むようになっていきました。学校を週1~2回休み、成績も下がる悪循環高校は進学校で、勉強ができないことで劣等感にさいなまれ、学校を休みがちに 高校2年の2学期から、週に1日は学校に行けない日が出てきました。休んだら、ますます授業についていけなくなるとわかっていました。でも、学校から逃げたくて、夜までカラオケなどで遊びました。翌朝は起きられず、昼まで寝ている日が増え、2日連続で休むこともありました。 出席日数が少なくて、「進級が危ない」と担任に注意されたのは、高2の終わり頃です。学校に行かなくても、親に厳しく叱られたことはありませんでした。母には勉強の悩みも話していたので、様子を見守ってくれたのだと思います。 ぎりぎり高3に進級しましたが、さらに休みがちになりました。学校に行っても、ますます周囲と壁を作るようになりました。「勉強ができない私に、誰も近寄りたくないんじゃないか」と思っていました。 授業のノートを見せてもらったり、お昼を一緒に食べたりする友達は1人だけいました。休むと、その友達に申し訳なく思うし、登校しても「私なんかと一緒にいさせて、ごめんね」という気持ちになります。どちらにしても罪悪感と劣等感でいっぱいでした。「学校では自分の存在を消したい」。そんな毎日でした。 悪循環に陥りながらも、成績を上げたい気持ちは強くありました。でも、1人で抱え込んでいました。母は折をみて、アドバイスや提案をしてくれましたが、「自分でできるから」と聞き入れませんでした。自分のプライドが邪魔をして、先生や友達を頼ることもしませんでした。成績の悪い自分のために時間を割いてもらうのは迷惑だろうとも考えていました。 同級生は、弁護士や医師など将来の夢に向けて受験勉強を本格化させていました。夏休みになると、私も覚悟を決めて予備校に通いました。足が向くよう、買い物や遊びついでに行ける繁華街に近いところに決めました。 予備校は、映像授業を個別ブースで見る形式です。高1レベルの基本から、自分のペースで学べました。机に向かう感覚が戻ってくると、案外楽しく、少しずつですが頑張れるようになりました。ただ2学期が始まっても、相変わらず学校の授業にはついていけず、息を潜めていました。 大学は、昔から国立大を意識していました。「親の期待を裏切れない。それが望まれているコース」と思っていました。でも、受験科目の多い国立大は自分の学力ではハードルが高く、2~3教科に絞れる私立大しか対応できないと自覚していました。滑り止めも含めて多くの大学や学部の試験を受けたかったのですが、受験料だけで数十万円になります。早く親に相談しなければと思いながら、打ち明けられない状態が続きました。「協力する」父の言葉で気付かされ高校3年の時、父の後押しが受験勉強で奮起するきっかけに 夏休み明けの週末の朝でした。何をどう話すか準備し、思い切って父に声をかけました。「申し訳ないけれど、私立大をたくさん受けてもいい?」。父は理由も聞かず、「裕美のやりたいようにやったらいいし、お金のことなんか気にせんでええ。裕美が納得できるところなら、どこだって協力する」と言ってくれました。中学生からの反抗期もあり、父とは数年間、まともな会話もなかったのに、優しい表情で即答してくれました。一気にわだかまりが消えました。私が悩み、苦労する姿を見ていてくれたんだなと思いました。 この時、自分は一人じゃなかったんだと気づきました。家族や友達がずっと私を見守り、支えようとしてくれていた、とわかりました。それまでの自分が恥ずかしくなりました。 そこから、受験勉強に奮起しました。友達には、わからない問題を教えてほしいと頼みました。先生には入試前、小論文の添削を毎日お願いしました。学校でも、弱い自分を見せられるようになりました。「しんどい君」へのメッセージは、「弱いところも見せていこう」 人の意見を素直に聞けるようにもなりました。入試本番が近づく中、担任の先生が、国立大の後期試験を勧めてくれました。国語が得意な私に向いていると教えてくれた学部の受験を、私も自然に受け入れることができました。それが、後に入学することになる和歌山大学です。 中高校生は「自分で何でもできる、何とかしなきゃ」と思いたい時期かも知れません。今、成績などで苦しむ皆さんは、無理しすぎないで、できない自分も認めてあげてください。誰だって弱い部分があり、できないことがあるのは当たり前です。弱い自分を恥じて隠さなくていい。完璧な人間なんていません。弱さを見せて離れていく人はいないし、逆にたくさんの人が助けてくれます。それに気付いてほしいです。 ◇かわた・ひろみ 大阪府出身。2006年に読売テレビ入社。15年にフリーアナウンサーへ転身し、バラエティー番組、ラジオなどで広く活躍する。現在は「ヒルナンデス!」(日本テレビ系)水曜レギュラーとして出演中。4歳(長男)と2歳(長女)の2児の母。 あわせて読みたい  同級生から避けられ、2度いじめを経験した森保一監督「自分を認めてくれる人は必ずいる」 別の居場所に救われた眞鍋かをりさん「自分の価値観からはみ出して」 15歳で1人で生きる決意、本屋大賞の作家・凪良ゆうさんを絶望から救った「物語」 ひとりで抱え込まないで…悩んだときの相談窓口

高校受験で燃え尽きた川田裕美さん、父の言葉で気がついた「1人じゃない」2024-09-03T13:41:29+09:00

埼玉県立高校の「ハートフル水族館」、地域で愛され20年…平日のみ公開でも年間2000人訪問

2024-09-03T13:41:27+09:00

 埼玉県立桶川西高校の校内水族館「ハートフル桶西水族館」が今年6月で一般公開の開始から20年を迎えた。国内外の淡水魚や両生類、 爬虫(はちゅう) 類など約50種800匹以上を展示。生物の進化の過程や外来種の問題についても学べるミニ水族館として、地域で長く親しまれている。(児玉森生) 年2000人来館 「肺魚の仲間であるプロトプテルス・エチオピクスは、1時間から30分に1回くらい空気を吸いに水面に上がってきます」水槽の管理は科学部の部員に任されている 記者が7月上旬に学校を訪ねると、水槽の前で科学部の生徒が丁寧に解説してくれた。  同校2階の生物室は約40個の水槽で埋め尽くされている。肺魚の近くに、両生類のイモリや爬虫類のヤモリなどが展示され、生物の進化の過程が学べるように工夫されている。 自然環境が脅かされる外来種の問題にも関心を持ってもらうため、日本固有種のニゴイなどのそばに、許可を得て飼育している特定外来生物ブルーギルを展示するなどしている。 同館は原則、平日のみの公開だが、年間に約2000人が訪れる。これまでの来館者数は延べ3万5000人を超える。「運動部」のよう水族館では、国内外の珍しい魚などを見ることができる(桶川市で) 水族館ができたきっかけは、元教諭で部活動指導員の小熊一雄さん(68)が、前任校で育てていた30種300匹の魚を異動時に持ち込んだことだった。当時の校長から「水槽ごと持ってきてほしい」と頼まれたのだという。 魚好きの生徒から「飼育を手伝うから部活にしてほしい」との声があがり、休部状態だった科学部で2003年から飼育を開始。地域から要望を受け、04年からは一般公開もするようになった。 今の科学部員は11人。生き物の飼育には定期試験や長期休暇は関係ない。元日以外は毎日、部員か教員が水槽の掃除や水替えを行っている。来校者へのガイドも大切な仕事だ。新入部員は先輩から「生き物ごとの個性も話せるように」と指導を受けている。 「ここの科学部は運動部ぐらい厳しい」と小熊さん。科学部部長の3年、細野祥生さんは「文化系だと思って入部したので最初はハードだったが、来館した子どもたちがガイドを楽しんでくれるなど、ここだけのやりがいがある」と語る。実際、来館者からは「生徒の案内が良かった」「珍しい魚をたくさん見られた」といった感想が寄せられているという。出前水族館も 校内水族館では、保護された生き物も飼育する。さいたま市の道路で見つかったスッポンも育てあげ、今ではすっかり大きくなった。 近年は校外への「出前水族館」にも力を入れ、生き物と触れ合う機会を増やしている。来館が難しい人のために高齢者施設などを訪問したといい、2代目館長の奥村崇生教諭は「幅広い年代の人と触れ合えるため、生徒のコミュニケーション能力の向上にもつながる。今後も学校の特色を生かして地域貢献を続けたい」と話している。◇ 一般公開は授業日は月・水・金曜の午後3時半~5時半、長期休業中は平日午前8時半~午後4時50分。予約不要。

埼玉県立高校の「ハートフル水族館」、地域で愛され20年…平日のみ公開でも年間2000人訪問2024-09-03T13:41:27+09:00
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